ライブハウス「ロフト」創設者・平野悠さんは2021年、77歳にして千葉県鴨川市にある自立型高級老人ホームへの入居を決意した。入居資格は60歳以上、入居時には介護を必要としないこと。入居金は6000万円かかるというから驚きだ。
太平洋を望む温泉大浴場で体をいたわり、館内レストランでは専属シェフが作る美食に舌鼓――高級ホテル並みの豪華な施設で悠々自適の老後ライフを謳歌していた平野さんだったが、このたびこの老人ホームからの退去を決意したという。一体どんな心境の変化があったのか? エッセイを寄稿していただいた。
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結局、私は老人ホームを少々甘く見ていたようだ。死ぬまでに1億円以上かかると言われる豪華な自立型高級老人ホーム。パンフレットを見ると、健康そうな老人たちが明るくにこやかに生活している。私は2年前、倉本聰脚本のドラマ『やすらぎの郷』のようなめくるめく愛の宿での老後生活に憧れて、未来型(?)老人ホームに入居した。「孤立無縁の隠居生活」をテーマに暮らしてみたが、たった2年で頓挫してしまった。
高級老人ホームに入ったわけ
老人ホームに入ろうと決めたのは、コロナ禍がきっかけだった。3年前、私が経営するライブハウスから早くもクラスターが発生してしまい、私はその責任をとって会長職から退いた。肉体的にも精神的にも消耗していた時期だった。
私生活では、長年の妻(いい人なんですが)とは家庭内別居状態で、半年以上口もきかない日が続いていた。カミさんとの30年にもわたる生活のなかで、ろくなことをしてこなかった自分。きっと私を恨んでいるはずだ。来るべき老後にアルツハイマーになったり、歩けなくなったりした時、とてもシモの世話までカミさんに身を任せる気にはなれなかったのだ。
もうすぐ80歳、いつ死んでもおかしくない歳になって、自分の死に様は医療や介護の専門家に委ねるのが一番だと思い、一人で老人ホームに入居しようと決意した。
全く不満のない生活をしていたはずだった
当時の私の老後のテーマは「東京ではないどこか海の見える田舎で暮らす」ことだった。わが理想郷を求めて辿りついたのは、三井不動産が運営する高級老人ホーム「パークウェルステイト鴨川」。最終的な入居の決め手は、高層階にある自分の部屋からの眺望だった。実際入居後は、眼下に広がる鴨川湾、サーファーが群れる海、街の灯りや緑の山や潮風の中を銀河鉄道の如く走り抜ける外房線に毎日感動していた。