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「新宿、渋谷、池袋、上野、山谷、毎日全部歩きで回ってるんだぞ」

「え、歩きですか?」

「そうだよ。根性だよ。すごいだろ?」

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 私なんて都庁下から代々木公園まで歩くのにもヘトヘトなのにすごすぎる。考えられない。鉄人ではないか。

「みんなそうやって炊き出し回って生活してるんだよ。向こうにベラベラ喋っている奴がいるだろ。アイツは生活保護歴50年。全部の炊き出しを回ってるぞ。生活保護を受けてると都営電車と都営バスが全部タダで乗れるからな」

 鉄人が指をさした男はター坊とはまた別の男だった。その男もよく喋るので炊き出し界隈では「九官鳥」と呼ばれており、自分でノートにまとめた炊き出しスケジュールを常に持ち歩いている。黒綿棒とは違い東部も西部も網羅しているので、「今日本にある炊き出し情報としてはこれが最強だと思っている」という黒綿棒の言葉は嘘ということになった。

鉄人の仕事は「引っ越しセンターの人材派遣」

 鉄人は現在75歳。オフィスビルを専門とする引っ越しセンターで人材派遣の仕事をしていた。街で私のような人間に声を掛け、会社で面接をし、入社させるのだという。

 日給は1万3000円をもらっていたが、酒とギャンブルにすべて消え、家を借りるのが馬鹿らしくなってホームレスになった。路上から出勤し続け、5年前に退職した。

 国民年金と厚生年金は手取りが減るのが嫌だからと会社の勧めを断って払わなかった。どこまで本当か分からないが、35歳で家を解約し、それから40年間路上で生活しているとのことだ。

 その鉄人よりも歴が長いのが、白鬚橋を北上した先の「仮設住宅」にいる「ホワイトライオン」だ。鉄人と話していると、ちょうどそのホワイトライオンが空き缶を積んだ台車を押しながら白鬚橋にやってきた。長い白髪に真っ白の髭を蓄え、ライオンのたてがみに見える。昔は髪も髭も黒かったので「ライオン」と呼ばれていたそうだが。のしのしと歩くホワイトライオンを眺めながら鉄人が言う。

「アイツはもう50年ここにいるんだぞ。空き缶拾っているくせして服も洗わないし風呂も入らないから臭いぞ~」

 鉄人はホームレスとは思えないほど清潔だが、これにはカラクリがある。鉄人の紹介で引っ越しセンターで働いていた男たちが現在何人も、生活保護を受けながら山谷のドヤで暮らしているという。被保護者は年間で60枚、行政から銭湯の入浴券が交付される。それらを昔からの人脈を使ってかき集めているのだ。

 昔助けた仲間のよしみでほかにも様々な助けをもらっているという。