今年2月には、歌舞伎から離れて、舞台『巌流島』(宮本武蔵:横浜流星、佐々木小次郎:中村隼人)に挑戦。5月には、四代目市川猿之助の代役で『御贔屓繫馬』(ごひいきつなぎうま)の六役早変わりを演じた。8月にも猿之助の代役で『新・水滸伝』の主役・林冲(りんちゅう)を勤めている。
「20歳の頃、五代目坂東竹三郎さんと約束したんです。『30歳になっても主役を張れなければ、道を諦めるか、脇役になりなさい』と。いざ30歳を目前にすると、想像とは違ったという思いは正直ありますね。もっと余裕があるのが30代だと思っていたのに、まだまだ――だから、竹三郎さんの言葉を戒めとしてずっと持っていなければ。これからは主役を張り続けられるよう精進します」
隼人の祖父は美貌の女形と名高い四代目中村時蔵で、五代目時蔵を伯父が継いでいる。大叔父は初代中村錦之助(萬屋錦之介)で、二代目錦之助を名乗るのが父だ。
「大変だなと思うのと同じくらい羨ましい」同世代の仲間たち
「僕は名前に執着がないんです。僕自身が初代だし、もとは女形の家系なので、継承すべき役もない。逆に、僕は一代で立役の当たり役を作ることが使命だと思っています。役を継承すべき家柄に生まれた仲間の葛藤を目の当たりにすると、大変だなと思うのと同じくらい羨ましいんですよ。僕は自由だけど、必要とされてるのかな?って。早く自分の基盤を固め、“隼人”をいかに歌舞伎界で貴重とされる名前にするかを僕は意識しています」
来年2月には、新橋演舞場で「スーパー歌舞伎『ヤマトタケル』」を五代目市川團子とW主演で勤める。
「『ヤマトタケル』は親父が主役を演じた作品なんです。スーパー歌舞伎を作った三代目猿之助さんと親父がWキャストで勤めた作品を36年の時を経て、僕が演じる――これこそ歌舞伎の伝統だと思うので、嬉しいですね」
今こそ正念場。歌舞伎に邁進するその信条は、プライベートにも作用している。
「好きなタイプは年上ですね。甘えたいんです。職業病かもしれないけど、一歳でも下だと先輩でいなきゃいけないと思ってしまって。ご飯を奢って、衣装の着方を教えて、お芝居にダメ出しをして――そういう上下関係の中で僕は育ってきたんで」
彼がiPhoneにメモしている“やりたい役リスト”は現在60。迎える30代で何役成し遂げられるか。
撮影 杉山拓也/文藝春秋
撮影協力 Dorak Holding
衣装協力 五大陸/HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE/T-JACKET