明治東京を舞台に、しっかり者の令嬢と謎めいた青年が妖がらみの事件を追う――12月の新刊『暁からすの嫁さがし』の著者は、小説投稿サイト「小説家になろう」でデビューした雨咲はなさん。
本作の刊行前から、期待の声が数多く寄せられている。その多くは、雨咲さんの作品を「小説家になろう」上で読み、その書籍化を楽しんできた読者たちだ。
「雨咲先生の書かれる芯の強い女の子が好きです」「あたらしく先生のお話を読めるのが楽しみでなりません。しかも文春文庫?!まさかのレーベル驚きました!今から待ち遠しいです!」といった声のほか、「『ドリームガーデン』から始まり、雨咲先生の商業化を毎回楽しみにしていましたが、西洋ファンタジーがほとんどでしたので、今回は和風、そして昭和の『野守草婚姻譚』とは違っての明治がテーマ!とのことで、とても楽しみです!」など、熱意あふれるメッセージが寄せられている。
そこで、「小説家になろう」での投稿を始めて今年で10年を迎えた雨咲さんに、デビューするまでの経緯をエッセイ形式で綴ってもらった。
「暇だから書いてみたら大ヒット」とは無縁のスタート
このたび、文春文庫さんより、『暁からすの嫁さがし』を刊行していただけることになった。
……という一文を書いてから10分ほど、パソコンの画面と睨み合ったまま指が動かなかった。架空の世界設定やキャラを考えるのは好きだが、自分のことを事実に基づいて語るのは大の苦手だ。きっと根っからの嘘つきなのだろう。2千字のエッセイを書くくらいなら1万字のショートショートを書くほうがよほど楽だと泣き言をこぼしながらポチポチとキーボードを叩いている。お見苦しいのはご容赦いただきたい。
担当さんから「デビューまでの経緯などを」と要請されて、承知しましたと返事をしたはいいが、実はその時点でもう困っていた。昨今、X(旧Twitter)では「#作家になった流れ」というタグをつけて様々な方が呟いていらっしゃるが、彼ら彼女らのような「初投稿から半年で複数書籍化」「暇だから書いてみたら大ヒット」などという華々しさも面白いネタも、私はまったく持っていないからである。だからヨソさまのを眺めるだけで知らんぷりしていたのに、結局こうして書かねばならない羽目になるとは、まったく人生というのは油断がならない。
もともと私は個人のホームページに小説を書いては上げていたのだが、その流れで「小説家になろう」というwebサイトにも投稿してみようと思ったのが始まりだ。今はご存知の方も多いだろう。映画やアニメになった有名作の中には、あのサイト出身のものもたくさんある。あそこから商業デビューした人は「なろう作家」なんて呼ばれ方をされて、その名にちょっとした揶揄が含まれる場合もあるが、現在ではもう無視できないくらいの勢いで数多の作品が世に出ているのは間違いない。
私も「小説家になろう」に投稿したもののうちの一つがデビュー作となったが、そこに至るまでの年数は長い。今確認したら、最初の投稿が2013年だった。えっ、ということは今年で10年じゃん、と自分でもドン引いた。10年もの間、途中で止めることも投げ出すこともせず、いくつもの物語をチマチマと紡いできたわけで、昔から怠惰で飽き性で「来世は猫になって一日中寝ていたい」と夢想するような人間にもこれだけの根性があったのだなあ、と我ながらビックリだ。