全国の温泉旅館は感染対策を施しながら、新たな「おもてなし」を模索してきた。その最前線に立ち続けているのが、各地の“女将”たちだ。
長年温泉旅館を取材し、『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)などの著書でも知られる山崎まゆみ氏が、そんな女将たちの“とっておきの仕事術”を紹介する。
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休暇で東北を旅した時に転機が
長崎県の離島・壱岐(いき)に湧く湯本(ゆのもと)温泉は子宝温泉でありながら、その存在も温泉力の凄さもあまり知られていない。
湯本温泉「平山旅館」に嫁いだ女将・平山真希子さんは大学を卒業後、外資系のメーカーに就職。PR業務をはじめ、10年勤務し成果も出していたが、休暇で東北を旅した時に転機が訪れた。
「都会で生まれ育った私は、地域に根ざしたアニミズム的な文化を目にして衝撃を受けました。日本の未来のためにはこうした文化を守らねばと思い、機会があれば地方で仕事をしたいと思いました」
そんな時に縁あって、2008年に群馬県みなかみ町で働き先を見つけ、1年後にはみなかみ町観光協会で職に就く。
この頃の地方の観光地はまだ年配の男性が幅を利かせていた。「よそ者の私が溶け込むには、とにかく飲みにケーション。酒の席で私のやる気を示しました」
「PRは束になってやらないと効果が出ません」
勤務初年度は試行錯誤したが、次年度以降はみなかみのシンボルの谷川岳を中心にプロモーションを考えた。
地元の人が案を持ち寄り、「谷川岳の日(7月2日)」を制定すること、夜行列車を走らせること、山開きの日にお出迎えすることなど、地域の誰もが参加できる一大イベントを作った。真希子さんはイベントのPRを担当。JR水上駅長や谷川岳ロープウエイの社長など地域の顔となる人物に加え、アウトドアメーカーや出版社などを巻き込んで開催したイベントは誘客の裾野を広げた。好評を受け、「谷川岳イベント」は現在も続いている。
「PRは束になってやらないと効果が出ません。それぞれが別の方向へ、独自にやっても発信力は弱い。各々の『点』を、いかに地域全体の『面』にしていくかが最も重要です」
ふと気づけば、真希子さんはシングルで40歳を目前にしていた。知り合いを介し「平山旅館」の跡継ぎ(現在のご主人)と出会い、半年後には「平山旅館」の若女将になる、一気呵成の大変化。