全国の温泉旅館は感染対策を施しながら、新たな「おもてなし」を模索してきた。その最前線に立ち続けているのが、各地の“女将”たちだ。
長年温泉旅館を取材し、『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)などの著書でも知られる山崎まゆみ氏が、そんな女将たちの“とっておきの仕事術”を紹介する。
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新型コロナが大きな転機に
温泉旅館は画一的な造りをしているのが普通だ。それは設えや食事、お風呂など、イメージ通りの方がお客にとっては安心感があるという考え方からだ。
ところが先日、「普通は嫌」と言い切る、珍しい女将に出会った。富山県氷見(ひみ)温泉郷有磯(ありそ)温泉「湯の里いけもり」の女将・池森典子さんだ。
典子さんは1994年に「民宿池森」に嫁いだ。当時は現役の大女将の采配の元、典子さんの理想を追いかけることは難しかった。それでも2019年10月に氷見市街に蔵を再利用した「蔵ステイ池森」をオープン。ツイン3部屋と酒Barを併設させ、地元の人と旅人が交流できる場を作った。
こうして頭角を現してきたが、新型コロナウイルスの蔓延が大きな転機に。
コロナで宿を閉める仲間を見て弱気になった大女将が「民宿をやめよう」と言い始めた。民宿の買い手も見つかったが、猛烈果敢に「私がやる!」と典子女将は意思表示し、これを好機に変えた。
1泊6万6000円の旅館をスタート
まず宿の露天風呂にフィンランド式バレルサウナを設置した。
そして、典子女将は2022年9月に1泊6万6000円の「湯の里いけもり別館 天座」を始めた。従来の民宿に隣接するが、宿としてはまるで異なる。1棟に2部屋しかなく、1棟ごと貸し切ることも可能。私も宿泊したが、「旅館か、ホテルか? 新たなジャンルを作ったのか?」と典子女将に質問するほど、斬新な宿だ。
「ニッチでも確実にニーズがある宿を目指します」とにこやかに言い切る。
面白かったポイントを列記しよう。
平屋の木造建築をリノベーションし、宿全体のデザインは私がアフリカのサバンナで体験した高級サファリのロッジを彷彿とさせた。出入り口はアーチ型で、天井は高く開放感がある。リビングとベッドルームを仕切るのは薄いカーテン。客室の壁は白く、入口やダイニングにはシマウマや白熊、チーターやマントヒヒといった動物が大きく描かれており、見つめてくる。空間デザイナーと相談しながら「里山」を表現した。