森繁和監督からかけられた言葉
1月31日。キャンプ前日にホテルで新しい背番号114のユニホームを広げた。「少し寂しい気持ちはありましたが、裏方として頑張ろうと思いました」と野村。打撃投手としての実績はゼロ。当然、2軍キャンプ地の読谷スタートだった。
「やはり気持ち良く打ってもらうことを心掛けています。ホームランは嬉しいですね」。1ヶ月、野村は上を向いて投げた。これが最もストライクが入るからだ。あんなに酷評された投げ方を今は誰も批判しない。
野村は打撃投手ならではの苦労も味わう。「ピッチャー返しから身を守るためのL字ネットがありますよね。投げ終わった後、それに隠れるために1塁側に体を傾けるので、どんどん右脇腹が張るんです。現役時代は全くなかった張りですね」。
また、ボールが続くと申し訳ない気持ちになる。「でも、工藤(隆人)さんが『気にするな。試合ではボールの見極めも大事だから』と。あの言葉で救われました」と打ち明けた。さらに野村のストレートは時々カット気味に変化する。「藤井(淳志)さんが『そういうピッチャーもいるから。実戦向きだよ』と言ってくれました。このチームで良かったです」。
キャンプ最終日、驚きの連絡が来た。1軍合流だ。喜びよりも身の引き締まる思いが勝った。
3月29日。開幕前夜。中日はマツダスタジアムでナイター練習を行った。独特の緊張感の中、野村は投げた。2時間半の練習が終わり、バスに乗り込むと、野太い声が聞こえた。「開幕1軍だな」。声の主は野村の苦悩を最も知る一人、森繁和監督だった。「ありがとうございます」。
中日は選手も監督も温かい。
野球人生を終えたマツダスタジアム。奇しくも野村はこの場所から新たな一歩を踏み出した。しかも、初の開幕1軍で。プレーボール直前の打撃練習。熱気で息苦しくなる満員の赤い敵地で、自分らしく、上を向いて、真ん中に投げた。ホームランを打たれるために。快音が鼓膜に響く。被弾する。そのたびに満足感が細胞に染み渡る。これが今の野村だ。
時に野球の神様は感慨深いシナリオを書く。
中日は開幕から連敗スタート。「広島、強いですね。悔しいっす」。野村は唇を噛んだ。今は裏方。しかし、彼にはまだ流れている。戦う男の血が。そして、今日も腕を振る。チームの勝利のために。
輝けなかったドラフト1位。まだ24歳。影でチームを支える背番号114の第2の人生をそっと見守りたい。
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