――現在の兵庫県にも、陰陽師にまつわる史跡が残っているのでしょうか?
『播磨国妖綺譚 あきつ鬼の記』に登場する大撫山の間近には、公開望遠鏡としては世界最大級の天体望遠鏡を持つ「西はりま天文台」(兵庫県立大学天文科学センター)があります。昔は、あの山頂で陰陽師たちが観測をしていたようですね。天候などの条件が非常に良いので、いまでも天文台があるわけです。作中で、都からやってきた陰陽師が大撫山の風景を見て感銘を受ける場面がありますが、彼の目に映った景色を実際に私も見ています。
ほかにも、薬草園があったと言われる場所だとか、加古川まで行くと道満ゆかりの古い井戸枠が残っていたり、物語を作る上での参考になりました。陰陽師の祖ともいわれる吉備真備が創設した廣峯神社もあります。どの場所も家から車ですぐに行けてしまうのが、嬉しい驚きでした。
――兵庫県にお住まいの上田さんに、今も室町時代も変わらない、兵庫県(播磨国)の特徴や美点をお伺いしたいです。
兵庫県の南部は、気候が非常に安定しています。夏の降水量はやや少なめで、極端に厳しい寒さや暑さがない。いわゆる「瀬戸内海式気候」ですね。室町時代には、比較的穏やかな自然に、人が包まれて生きているような雰囲気だったでしょうね。海があるから外の世界とも交流があったし、山があるから収穫物も豊富だった。
律秀・呂秀は、法師陰陽師でありながら、薬草園の面倒もみています。播磨国の地理的な条件から、「彼らは漢薬を作っていたんじゃないか」と想像しました。大陸の文化が直接入ってきた土地なので、漢薬を作っていた可能性があるかも、と。播磨国は、風水の理論に則って神社や城を配置していますし。
普段は尖った作品を書くことが多いけれど……
――律秀・呂秀は、庶民に寄り添う、思いやりにあふれた人物ですね。呂秀の式神・あきつ鬼や、都人の陰陽師など、全員に心優しい一面があって、読んでいて癒されました。
普段は近代史を題材にした作品を書くことが多いので、自然と、内容も厳しく尖ったものになってしまうんですが、このシリーズだけは、「これまでの自分の作品とは正反対のものを書こう」と、最初から決めていました。室町時代も大変な時代ではあったのですが、「不便なこともあるけれど、のんびりやっています」という雰囲気を目指しました。
執筆中にコロナ禍に見舞われたことも、本作の優しさを意識するきっかけになりました。「他人を追い詰めないためには、どうすればいいのか」とか「どうやったら人の心を救えるのか」といったことは、現在、ますます求められているように感じます。世の中が荒れているからこそ、こういった作品を出さなければならないし、私だけでなく他の作家さんたちも、一生懸命考えているのではないでしょうか。
――「自己責任論」が強くなっている現代だからこそ、律秀や呂秀の思いやりの深さや、物の怪と人の「共生」に強く惹かれる読者がいるのでは、と想像します。これから第一作『播磨国妖綺譚 あきつ鬼の記』を読む方に向けて、メッセージをお願いいたします。
『播磨国妖綺譚 あきつ鬼の記』は、「播磨国妖綺譚」シリーズの導入部分です。優しい内容なので、難しいことや怖いことは何も書いていません。美味しいお菓子を食べたり、お茶を飲んだりしながら、のんびり読んでいただけたらと思います。
文藝春秋