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上白石萌音が姉妹で愛読するヨシタケシンスケ作品「『ちょっと足の裏、地面から離そう』って」

絵本作家と俳優の「逃げ道さがし」対談

note

美談で救われない1割5分

 ヨシタケ 僕自身がやっぱりすごく、ひねくれ者というか、あまのじゃくというか。いわゆる「美談」に感動できないタイプで……。

 上白石 「全米が泣いた」が嫌いなタイプ。

 ヨシタケ もう、「ケッ」てなっちゃう。ハハハッ。

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 上白石 ハハハハッ。私も実は、そっちなんです。結構。

 ヨシタケ でも、なぜ美談がこれだけ世の中に蔓延(はびこ)るかというか、必要とされるのかも分かる。美談に感動したり、勇気をもらったり、救われる人もいっぱいいる。ただ、そんな美しいお話ですべての人が救われるわけではなくて、たぶん最大で7割。残りの3割くらいのなんだかひねくれた人たちは、やっぱりそれだとしっくりこないはずなんです。

 上白石 わかります。

 ヨシタケ 僕もそっちの3割側として、どんな物語なら救われるのかを考えざるを得ない。

 たとえば、「夢って叶わないよ」と言われた方が安心してチャレンジできる。「叶わないのは努力が足りないからだ」と言われても困っちゃう。逃げ道があって初めて物事に向き合える。そんな僕みたいな人も、さらに少ないけど1割5分くらいはいるはずで。僕自身や、僕のような人たちに向けて「一緒に傷を舐め合いませんか」という気持ちで描いています。だから正直、僕の絵本にわりとたくさんの方が「わかる、わかる」と言ってくださったのは、いまだにやっぱり、想定外。

吹き抜け構造になったアトリエにはハンモックも Ⓒ文藝春秋

 上白石 1割5分どころか。

 ヨシタケ はい。驚きました。妬み、嫉みのような、あまり推奨されていない感情をたくさんの人が持っているんだという驚きが一つ。それから、みんな持っていながら見えないようにちゃんと隠して生きているんだという驚きが一つ。僕は隠しきれずに半世紀過ぎちゃったんだという、二重の驚きがありました。

 上白石 フハハッ。

 ヨシタケ いまとなっては、隠しきれない感情を仕事道具にするしかないなって。隠しきれないことを面白がって、珍しがってくれる人がいてくれることを喜びたい。「正々堂々、弱音を吐いていこう」。そんな思いです。

 上白石 言葉もそうだし、添えられている絵がまた、すっごく絶妙。ポップすぎず、可愛すぎず、その逆でもなくて。絶妙な温度感と、この無表情。余白があるというのか、何を考えているのか、こちらがつい勝手に想像してしまうような人たちが添えられていて、そのバランスが心地いいんです。

 ヨシタケ その感想も嬉しいです。

人に見せる用じゃない

 上白石 (『日々臆測』の表紙を指して)私、ヨシタケさんの描くこの「目」が好きなんです。いますよね、こういう無表情の人。ぜんぜん「絵本用の顔」じゃない。

『日々臆測』光村図書出版

 ヨシタケ そうなんです。

 上白石 今朝も電車にいましたもん、この顔の人。

 ヨシタケ ハハッ。人間やっぱり真顔でいる時間の方が圧倒的に多いですよね。絵本だとどうしても、パパもママも子どももニコニコしてることが多いですけど。いや、現実はそんなに笑ってないだろうって。

 上白石 やっぱり、そう思ってたんですね。

 ヨシタケ 見栄えはいいだろうけど、理由もなく笑ってるのを見て、「自分はなんでこんなに子育て楽しくないんだろう、絵本の中ではみんなニコニコしてるのに」って思う人もいるんじゃないか。笑顔が人を傷つけたりすることって、やっぱりある。だから自分の絵本に笑顔が出てくるときは、「そりゃ笑うだろ」って誰もが納得するような理由があるときだけに限定しています。

 上白石 ヨシタケさんの描く笑顔もまた印象的です。本当におかしくてケラケラ笑ってる。人に見せる用の顔じゃないんですよね、みんな。

 ヨシタケ そうそうそう。

 上白石 絶対フィクションじゃないし、かといってドキュメンタリーでもない。そこにカメラがないから。その人が一生懸命、ただそこにいるというだけの絵。見る人の視線を感じないから、安心して自分の感情を託すことができる。

「みんな、生きてんだなあ」

 ヨシタケ そうですね。会社にいる時は課長の顔、家に帰ったらお父さんの顔、実家に帰れば息子の顔をしなきゃいけないけど、その間、電車に乗ってる時だけは素の顔だったりする。誰でもない、何の役をしなくてもいい時の顔っていうのがみんなあって。そこを見たい。

 上白石 そうですね。

 ヨシタケ 電車とかで、「おっ、油断してるねえ」っていう。

 上白石 すごい見ちゃう。「みんな疲れてんなあ」って。魅力的ですよね。すごく出る、その人が。

 ヨシタケ そう。美しくはないかもしれないけど、愛しくなります。

 上白石 はい。「みんな、生きてんだなあ」って。「誰かに会ったら、また笑うんだなあ」って。

 ヨシタケ そうそう、ニコニコしていられる時間って限られていて。だからちょっと充電してる、温存してる時の顔、節約している時の顔って、いいですよね。

ヨシタケシンスケさんと上白石萌音さんによる対談「正々堂々、弱音を吐こう」の16ページにわたる全文は、「文藝春秋」2024年1月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています。

上白石萌音が姉妹で愛読するヨシタケシンスケ作品「『ちょっと足の裏、地面から離そう』って」

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