かつての文通友だち「新潟のK林さん」に会いたい!
――上京後、神宮球場に通う頻度は増えましたか?
松嵜 声優になるという夢をかなえるために、いろいろ頑張っていた時期なので、逆にじっくりと試合を見ることなく、結果だけを追う日々が続きましたね。神宮に通い始めたのはオーディションに合格して、今の事務所への所属が決まってからです。古田さんの現役最後の年(2007年)は神宮にもよく通ったし、古田さんのサイン会にも行きました。緊張して、何もしゃべれなかったけど(笑)。
――子どもの頃から一貫して「ヤクルトが好きなんだ」っていうのがよく伝わります(笑)。
松嵜 子どもの頃から選手名鑑を熟読するのが大好きだったので、みんなの背番号を覚えていたし、学校の机の上の落書きは背番号と選手の名前でしたね。一時期、夢をかなえる時期に少し離れたけど、石川(雅規)投手とか、館山(昌平)投手とか、夢中になれる選手が出てきて、またヤクルトへの思いが復活していきました。でも、高津投手が今でも一番好きなんですけどね(笑)。
――周りにはヤクルトファンはいたんですか?
松嵜 いないですね。そうそう、福岡に住んでいた頃、ずっとヤクルトファンの人と文通していたんです。新潟の看護師さんと(笑)。野球雑誌の「文通相手募集」のコーナーを見て、私から応募したんですけど、その方がすごく熱心なファンでその人にすごく影響を受けました。彼女のおかげで、「新潟」の「潟」っていう字を書けるようになりました。
――いい話ですね。その方とは実際に会ったんですか?
松嵜 で、「いつか神宮で会おうね」って約束していたのに、そのままになってしまいました。お互いが忙しくなってきて、年賀状のやり取りは続いていたんですけど、結局は連絡が取れなくなりました。……あぁ、会いたい。ホントに会いたいです。
松嵜麗です。覚えていますか?
――この文春野球を通じて、「約束」の実現を呼びかけてみましょうよ!
松嵜 えっ、いいんですか! あれだけ熱心なヤクルトファンだったから、今でも応援していると思うんですよね。当時、新潟に住んでいた看護師のK林さん! 松嵜麗です。覚えていますか? もし、これを読んでたら、文春野球まで連絡して下さい! 本当に会いたいです。ぜひ、あのとき果たせなかった約束、神宮球場に一緒に行きましょう!
――文春野球・ヤクルトにおける松嵜さんのテーマが見えた気がします(笑)。この連載を通じて、ぜひK林さんとの対面を実現させましょう! では最後に読者の方にメッセージをお願いします。
松嵜 私の場合は、普通のファンとしての視点を大事にして、文春野球に臨みたいと思っています。その思いを伝えるために、今日は気合いを入れて自前のパッションのユニフォームを着てきました!
――ですよね。この服、ヤクルトの公認チア・パッションのユニですよね。いつツッコもうかと思っていました(笑)。
松嵜 選手のみなさんが去年の結果を踏まえて、「今年は一試合、一試合、執念を持って戦っていく」とおっしゃっているので、私も真剣に応援します。そんな姿を、この文春野球で伝えられたらいいなと思ってます。ヤクルトファンの方には、お友だち感覚で共感していただけたら嬉しいです。他球団のファンの方には、ヤクルトの魅力をを知ってもらって、一人でもヤクルトファンを増やしたいです。1年間、どうぞよろしくお願いいたします!
注:「新潟のK林さん、本当は看護師さんなんですけど、つい興奮して、この動画では《保育士さん》って言ってしまいました(笑)。正しくは《看護師さん》です。ゴメンなさい」(松嵜麗)
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