負けられない理由は1つじゃなかった。4月15日のヤクルト戦で甲子園球場の真っ新なマウンドに立った岩貞祐太は、反骨心を白球に込め、ヤクルトの1番・山田哲人に143㌔の直球を投じた。
「開幕に入れず、悔しい気持ちをこの登板にぶつけました」
開幕を2軍で迎えた5年目シーズン
チームとして14試合目が左腕にとって今季初登板だった。金本知憲監督の就任初年度の16年にキャリアハイの10勝をマーク。長年、先発ローテーションを守っている能見篤史の後を追う先発左腕として期待は一気に高まった。だが、真価が問われた昨年は開幕から精彩を欠き、わずか5勝止まり。ローテーションの座を失い再び競争を勝ち抜かなければならない立場になった。
逆襲を期す5年目の今季は、春季キャンプからアピールし、一時は巨人との開幕2戦目の先発候補にまで浮上。開幕ローテーション入りへ着実に前進していたものの、3月17日の中日とのオープン戦で6回5失点と打ち込まれるなど状態は降下。ライバルに逆転される形で開幕を2軍で迎えることになった。
その間、ドラフト2位の新人・高橋遥人が1軍デビューし、初登板初勝利を飾る。オープン戦期間中、金本監督は、同じ左腕である高橋の投球を引き合いに出し「高橋の球を見たら(岩貞は)焦っていると思うよ」と危機感をあおる言葉で刺激。「監督にはいつも愛のある言葉をもらっているので……」と苦笑いを浮かべた先輩左腕の“本音”は、言葉とは違ったはずだ。
2軍戦で復調の兆しを見せ、ようやくヤクルト戦で昇格の知らせが届いた。ただ、立場は谷間を埋めるスポット的な役割。結果を残せなければ、2軍に逆戻りする可能性が高く、文字通り「一発快投」が求められた。
「試合が始まってからは全員で戦う気持ちを持ってバッターに集中した」
熱い気持ちを空転させることなく、冷静に目の前の打者と対峙し、腕を振った。6回まで投げ抜いて、犠飛のみの1失点。18年の1勝目は、チームの同一カード3連敗も阻止する価値ある白星となった。そして、試合後の囲み取材で、負けられない「もう一つの理由」を静かに口にした。