CIA(中央情報局)のような諜報機関を持たない日本だが、その役割を果たす組織は複数ある。中でも圧倒的な実力を持つのが警視庁公安部。本シリーズの主人公は、ロシアを専門とする外事一課のエース・倉島警部補である。今作では、台湾警察での研修講師を命じられ、部下の西本と共に現地へ向うことから物語が始まる。
「以前、台湾の出版社からの招待で台北に滞在し、すっかり魅了されました。もちろん東山彰良や馳星周が描く台湾とは違う、普通の台湾にね(笑)。人当たりも良くて、居心地がいい。現地の肌触りを思い出しながら、実際に起こった事件を下敷きに書きました」
講師の任務とは別に、事前に耳にしていた事件を調べることにした倉島たち。ロシアと関係の深いハッカー集団REvilからサイバー攻撃を受けた、日系企業の台湾法人について聞き取りを進める。その最中、ある日系メーカーの現地法人内で社員が殺害され――物語は急展開を見せる。
「台湾警察については事前知識がなかったので、インターネットを駆使しましたが、本当に大変でした。とはいえ、日本の統治時代に作られた組織構造がベースにあると踏んでいて、実際に交番もあり、日本と共通している部分は確かに多かったですね。台湾は親日と言われることが多いですが、『本当にそれだけか?』と疑うのが小説家の仕事。対日感情の複雑さも描く必要があると考えていました。もっと言えば、現に台湾が直面している対外的な脅威は大変にシビアなもので、日本に暮らす我々とは、危機感のレベルが全く違うとも伝えたかったのです」
殺人事件発生を受け、公安が取り組むべき案件として「作業」つまり諜報活動へと乗り出す2人。しかし、機密情報が集約される「ゼロ」と呼ばれる中枢部署で、選抜者のみに許される研修を終えたばかりの西本の様子に異変が。精神的な不調と察知した倉島は、先輩として、公安として、彼との向き合い方を模索する。
「今回は『教育』が自分の中の隠れたテーマでした。倉島は巻を重ねるごとに成長しつづける、島耕作さながらの出世魚。ですが、西本のように、プレッシャーに押しつぶされかける人もいる。先輩と後輩同士、そして日本と台湾の警察同士で教え合い、学び合う話になればと。2人も今回の台湾出張を終え、もっと成長するはずですよ」
とどまるところを知らない倉島の、気になる次の舞台は?
「海外が舞台の作品が続くと、旅情ミステリになりそうなので(笑)。しばらく国内で頑張ってもらいましょう」
こんのびん 1955年北海道生まれ。78年、「怪物が街にやってくる」で問題小説新人賞を受賞しデビュー。2008年『果断 隠蔽捜査2』で山本周五郎賞、日本推理作家協会賞受賞。