コロナ禍の現代を舞台に、「犯罪」をテーマに編まれた一穂ミチさんの『ツミデミック』。数年にわたるコロナ禍で生きる人々の6つの「罪」を描く。
「タイトルは当初違うものに決めていたんですが、ギリギリでこの本でなければつけられないものがいいと思い、浮かんだ言葉でした」
2020年に始まったコロナ禍は、小説で書くか書かないか、数年にわたって作家たちの中で迷いを生じさせたものだった。一穂さんも、まったくコロナがない世界線も書いたが、正面から向き合うことになったのはなぜか。
「コロナ禍で、これまでにはなかった種類の犯罪が生まれました。緊急事態宣言下では、DV被害者はどのように身を守らなければならないのか想像したり、この作品集でも書いたように持続化給付金を巡る詐欺なども発生したのを知って、こんな状況でも人を騙す人がいるのか、と驚いたり。人間のいい面と悪い面が、今までと違う角度から見えたので、そのことを書きたいと思いました」
かつての賑わいを失った繁華街で客引きのバイトをする青年が出会った、中学時代に死んだはずの同級生の名を名乗る女。過去の記憶と、現実にいる女から語られる話が交錯し、戸惑う「違う羽の鳥」。
15年前、豪雨の夜に死んだ少女は、幽霊となりコロナ禍の現世に戻ってきた。そこで目撃した真実を描く「憐光」。
長年働いた飲食店から解雇され、無職となった男は、近所に住む偏屈な老人が大金を持っていることに気づく。なんとか、その財産を得ようと謀る「特別縁故者」。
コロナ禍にのまれ、それでも生きていこうと、もがく人たちの業は罪なのか、それとも――。
「犯罪がテーマではありますが、そこには確かに“罪悪感”も生じますね。私は後悔を抱えた人を書くことが多いので、今作も、法律とは別のところで生まれる罪、そしてその罪悪感を気がつけば書いていたかもしれません」
「罪」の顛末は様々だが、一穂さんお気に入りの一作はフードデリバリーサービスを使い始めた女性の恐怖を書いた「ロマンス☆」。
「視点人物が壊れていく物語や、言っていることとやっていることが違う人とか、人間の一筋縄ではいかないところが好きなんです。小説の中に秘密や嘘を入れるのも、視点人物から見た状況と現実が違うという構造に惹かれるから。取り返しのつかないこと、にドキドキするんです。幸不幸を繰り返しながらも人生は続いていくということを色んな形で書けたと思います」
いちほみち 2007年『雪よ林檎の香のごとく』でデビュー。21年『スモールワールズ』で吉川英治文学新人賞受賞。同作と『光のとこにいてね』は直木賞候補、本屋大賞ランクイン。