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 磯田会長は、まるで天然記念物でも見るかのように、僕をまじまじと見つめながらそう言っていたよ。

90年、辞任会見する磯田一郎住銀会長(左) ©時事通信

 磯田が会長の職を辞したのは1990年。住銀の青葉台支店の元支店長が、仕手集団「光進」の経済犯罪に加担していたことが発覚し、引責辞任というかたちで住銀を去った。

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 この年、住銀を揺るがす戦後最大級の経済事件が発覚している。大阪の商社・伊藤萬(のちのイトマン)を通じて住銀から不正に融資が引き出されたイトマン事件だ。数千億円が裏社会に消え、住銀は巨額の不良債権を背負った。磯田の辞任は、その渦中の出来事だった。

 磯田会長が失脚したのも、住銀内部の権力闘争に巻き込まれたからだと僕は思っている。最後に会ったのは、リーガロイヤルホテル大阪。磯田会長は身を隠していたんだけど、偶然、ホテルの廊下で奥さんに会って、部屋に入れてもらったんだ。狭い部屋の中で、誰に会うわけでもないというのに磯田会長は昔と同じように三つ揃いのスーツを着て立っていた。

「杉さん……今はこんなところにいるんだよ」と力なく話す磯田会長に、思わず涙が出そうになった。プライドが高い人だったからね。こんな姿、本当は見られたくなかったんじゃないか。そう考えると「また連絡しますね」なんて、とても言えなかった。

 帰り際、「僕がここにいること、誰にも言わないでね」と言った時の磯田会長の縋るような眼差しは、今も脳裏にハッキリと焼き付いている。

 その日の新歌舞伎座での公演中は、磯田会長のことが頭から離れなかった。

本記事の全文は「文藝春秋」2024年2月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています。杉良太郎氏の連載「人生は桜吹雪」全回は「文藝春秋 電子版」で読むことができます。

 

■杉良太郎 連載「人生は桜吹雪」
第1回「安倍さんに謝りながら泣いた」
第2回「住銀の天皇の縋るような眼差し」
第3回「江利チエミが死ぬほど愛した高倉健」