女優の松島トモ子(78歳)さんは、「激動の日々を過ごしました」と振り返る。最愛の母が認知症を発症し、5年以上にわたる壮絶な介護生活を経て、2021年に看取った。母のいなくなった家は広すぎて、人生初の引っ越しをしたという。「一人暮らしはおもしろい」と微笑みながら、松島さんが現在の生活について語った。(全3回の3回目/#1#2を読む)

母親の死、初の引っ越しは松島さんの人生をどう変えたのか? ©三宅史郎/文藝春秋

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この家に住み続けていては心が保たない

――この頃、引越しをされたとか。

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松島トモ子(以下、松島) 母が亡くなった後、コンサートの予定がありました。ずっと住んでいた柿の木坂のお家は、下が稽古場になっていて、そこにスタッフの皆さんがいらっしゃって稽古するんです。本番前日の夕方、スタッフの方が「では明日の朝に迎えに行きます」と帰っていって、広い家に私は1人になってしまった。そのとき、急に不安が押し寄せてきました。お客様の前でステージに立つのは相当なパワーがいることですが、そのパワーが今の自分にあるのだろうか?

 4歳からプロになった私なのに、当日にこやかに「ようこそ」と言えるのか、動けるのか、全く自信が湧いてこない。本気で夜逃げしようと思って行き先まで決めましたが、絶対に大変なことになるので、結局「やることはやろう」とステージに立ちました。コンサートは成功したものの、母のいないこの家に住み続けていては心が保たないと実感しました。77歳で初めてのお引越しです。

――新しい生活はいかがですか?

松島 「私は今までいろんなものを背負ってきたんだな」と感じました。子役として一家の稼ぎ手になったけど、もはや祖母も母もおらず、70歳を過ぎてからの遅い目覚めというか、新たな旅立ちです。広いお家を出るときは、チェーホフの『桜の園』をイメージして悲劇のヒロイン気分に浸っていましたが、もう前の家のことは全然思い出しません。

 お節介な人が「お宅の跡は今こうなっていますよ」なんて伝えてくるけど、それで感慨に耽るなんてことはなく、「あらそう」ってなものです。よく母には「トモ子は度胸がない」と心配されましたが、ひとりで家を売って出たわけですから、私も相当度胸があるほうなんじゃないかしら。もしお出来になるなら、人生の適当なところで古い家は捨てたほうがいいですね。

――さっぱりしていますね。