2月8日、第66回ブルーリボン賞(東京映画記者会主催)の授賞式が開かれ、「月」「愛にイナズマ」の石井裕也監督が、2度目の監督賞を受賞した。石井監督は、「深く考えたらそんなルールや規制はないのに自主的に忖度して表現を諦めてしまう状況と戦った」とコメントした。
障害者施設での殺傷事件を扱った「月」は、当初、映画を配給予定だったKADOKAWAが突然、撤退。公開すら危ぶまれた作品だった。
「週刊文春」では、KADOKAWAが撤退した背景や、夏野剛KADOKAWA社長の対応などを取材していた。当時の記事を再公開する。(初出:「週刊文春」2023年12月21日号 年齢・肩書は公開当時のまま)
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「タイトルやキャッチコピーの内容により結果的に当事者の方を傷つけることとなり、誠に申し訳ございません」
12月5日、KADOKAWA(以下カドカワ)のホームページに、『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』の来年1月の刊行の中止を告げる謝罪文が掲載された。
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「差別を助長する」とSNSで大炎上
原書は2020年発売。米などでトランスジェンダーが急増した理由に当事者や医師らへの取材から迫ったノンフィクションだ。
「担当はベテラン女性編集者で、『ポリコレについて考える本を作りたい』と話していた。今回の本に続き、別のトランスジェンダーの関連本も出す予定でした」(カドカワ関係者)
だが、「差別を助長する」とSNSで大炎上。さらに本社前で6日に刊行中止を求める抗議集会が開かれるという情報が駆け巡った。
「社員に出社を控えるように通達も出た」(同前)
同社への批判は止むことなく、刊行中止が決定。8日には夏野剛社長(58)から全社員向けに「グローバルなカドカワであるために我々が向き合う対象が国籍や文化を超えた全ての人々であると認識頂きたい。刊行に関わった社員は課題認識をしっかり行ったうえ、今後の取り組みに活かして欲しい」という趣旨のメッセージが送られた。
「担当者はリスクも全て承知の上、企画を通し、ジェンダーに詳しい専門家を監訳につけて動いていた。残念なのは騒動になるや、すぐに刊行中止を決めた会社側。社長は儲かるエンタメビジネスに支障が出るものには一切かかわりたくないだけ。スレスレのテーマを扱うノンフィクションを出す胆力がなくなっている」(カドカワの編集者)
夏野社長が実権を握って以降、映画部門は岐路に立たされている
問題作からの逃げ腰は、映画も同様だという。8日に保釈中にもかかわらず角川歴彦元会長が、映画「月」で新藤兼人賞プロデューサー賞を受賞した。相模原市の障害者施設で元職員が19人を刺殺した事件をモデルにした作品で、元々カドカワが製作と配給を担当するはずだった。