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夫の篠田監督は現場ではほんとに他人です

春日 ご自身の中でラブシーンというのはどう捉えていらっしゃいますか。

岩下 ラブシーンが特別だっていう意識はないんですね。他のシーンと同じような感覚ですので、特に意気込みもないんです。仕事の一部っていう、わりきった気持ちでやってますので。相手のかたには申し訳ないかもしれないけど(笑)。

春日 ラブシーンというのは作品の中で重要な場面だったり、ドラマの大きな盛り上がりだったりするので、やはり気持ちが乗っているというか、感情がこもっているというのが大きいんでしょうね。

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岩下 そうですね。感情はもちろん入ります。相手役のかたが嫌いなかただと難しいかもしれませんね(笑)。

春日 仲代さんだったり加藤さんだったり丹波さんだったりというのは。

岩下 みんな俳優さんとして大好きですから。

©志水隆/文藝春秋

春日 夫である篠田監督とは多くの作品を作られてきました。今回の本の中ではうかがいきれなかったんですが、監督と普段から一緒にいらっしゃって、次の作品は何をやるのかというのは岩下さんもわかってたりするんですか。

岩下 次にこれやりたいんだっていうのはだいぶ前に聞くんですけど、準備とかロケハンについては教えてくれないし、細かい説明は一切ないです。『心中天網島』を今度やりたいと思うんだ、みたいな話はあるんですけど、あれどうなったのかな、と思ってると準備に入っていたりとか。

春日 その場合の出演の依頼というのはどうなるんでしょうか。普通ですとマネージャーを通じてとか、映画会社からとかになりますが……。

「週刊文春」天下の美女より

岩下 台本ができると、自宅で、はい、これ次の台本って直にもらってましたね。

春日 それに対して説明みたいなものはあるんですか。こういう作品だよ、とかこういう役柄だよ、とか。

岩下 一切ないですね。自分で台本読んで理解しなさいということではないでしょうか。

春日 そこから岩下さんが演技、役を作っていくわけですけど、演技のプランに関する相談などはされるんですか。

岩下 それもねえ、個人的にはまったくしてくれないんですね。私が疑問を箇条書きにしていって、現場で他の俳優さんと一緒に監督さんに聞くという感じで。

春日 ご家庭でそういうことをするっていうことは。

岩下 ないんです。

春日 同じ作品を作っている監督と女優さんが一緒にいると相当、家でもディスカッションあるのかなと思ったんですけど。

岩下 ぜんぜんないんですよ。現場ではほんとにもう、他人ですね。監督と女優という関係になってしまって。私は現場では篠田のことを「監督さん」と呼びますし、向こうも自然と「岩下さん」になりますからね。篠田組の場合は地方でのロケが多いので、お宿も違いますし。監督のほうには助監督とか制作さんとかが打ち合わせに見えるので、私がそんなところにいたら邪魔ですから、何日も会わないというか、現場でしか会わない、そんなような関係になりますね。私たちにはなんの違和感もないんですけど、みなさん不思議に思われるようですね。

『美しく、狂おしく 岩下志麻の女優道』(春日太一 著)
『美しく、狂おしく 岩下志麻の女優道』(春日太一 著)

春日 その関係性というのはご結婚された初期の現場からずっと同じですか。

岩下 そうですね、結婚前から4~5本、作品をやってますので、監督と女優という関係がずっと続いてましたね。自然とそうなっていました。

春日 篠田監督は『スパイ・ゾルゲ』(2003年)で監督を引退されましたが、岩下さんご自身はいつごろ篠田監督が引退するというのをお知りになったのでしょうか。

岩下 えーと、『スパイ・ゾルゲ』が終わってからだったと思います。この作品でお終いにする、と。

春日 それを聞かれたときはどう思われましたか。

岩下 監督っていうのは過酷な仕事ですからね。篠田がこれでやめたいと言うのに、もっとやったら、みたいなことは私には言えません。やっぱり彼の思うように生きていってほしいと思ったので止めませんでした。