最初の犠牲者は「真実」
池上 報道でも、「事実」と「認識」と「評価」を区別して伝えることが基本ですね。まずここから始めましょう。情報戦が始まっていますから、最も厄介なのは、「何が事実か」の確定です。「戦争の最初の犠牲者は真実である」という言葉もあります。
佐藤 おっしゃる通りで、ハマスの攻撃による死者数を当初の1400人程度から(ハマス戦闘員も含まれていたとして)1200人程度に訂正するなど、イスラエル側は被害を過大に宣伝するのではなく実証性を重視していますが、「シファ病院の地下にハマス司令部の施設があった」というイスラエル側の主張には私も疑問を感じていて、間違いだったとすれば、以前に比べ劣化した情報機関内で誰かが不正確な情報を上げた可能性があると見ています。
池上 ガザ側の犠牲については、多くが「ガザ保健省」の発表として伝えられていますが、すべてを鵜吞みにはできません。「ガザ保健省」は中立的な役所のようですが、ハマスは戦闘以外にガザの行政や福祉も担っている。つまり「ガザ保健省の発表」は「ハマスの発表」です。
たとえば、10月17日にアル・アハリ病院で起きた「爆発」。ガザ保健省が「イスラエル軍が空爆した」と発表したのに対して、イスラエル側は「ガザのイスラム武装勢力のイスラム聖戦がロケット弾の発射に失敗したものだ」と反論しています。この件についてニューヨーク・タイムズ紙は、ハマスの主張通りに報じた記事を後に訂正している。NPO調査報道機関「べリングキャット」も、映像や画像をもとに「衝撃クレーター」を分析し、「イスラエル軍が使用する爆弾とは一致しないようだ」としています。
激しい攻撃が続くなかで「イスラエル軍が空爆した」というハマスの主張が感情的に受け入れられやすいのは確かですが、戦争報道には冷静に接する必要があります。
佐藤 日本の報道で問題なのは、「ハマス」と「パレスチナ」を区別せず、「ガザ紛争」と「ウクライナ戦争」を同列に扱っている点です。
今回の紛争は、イスラエルに居住するユダヤ人とユダヤ人国家の「生存権」を認めずにテロ行為に走ったハマスの行為に端を発するもので、「イスラエルとパレスチナの関係一般」に還元できる話ではありません。
また、ウクライナ戦争が「ロシアによる侵攻」を契機とする「国家間戦争」であるのに対し、今回の紛争は「イスラエルとパレスチナの戦争」ではなく、「ハマスというテロ組織に対するイスラエルの掃討作戦」です。
「隣の民主主義国を完全に滅ぼそうとする点が共通している」として、ハマスとロシアを同列に置いて、「(ウクライナとイスラエルへの支援は)賢い投資で何世代にもわたって米国の安全保障に配当をもたらす」と述べたバイデン大統領も、ウクライナ戦争とガザ紛争の本質的違いを理解していません。
イスラエルがガザで展開している「地上での軍事作戦」について、日本のメディアの多くは「地上侵攻」と表しています。しかしこの表現では、イスラエルとガザとの基本的関係が見えなくなる。「侵攻」とは、「相手国家の主権を侵害して攻撃すること」ですが、ガザは「主権国家」ではない。「地上侵攻」は、「イスラエルが国際法に違反している」というハマス側に立った表現で、少なくとも「中立的」ではありません。
池上 その点を朝日新聞の記事について指摘されたわけですね。
佐藤 電子版の「コメントプラス」で指摘した後は、「地上作戦」という表現が増えた印象をもっています。