生活習慣からにじみ出る人間性が、ことごとく面白い
しばし自分語りを許していただきたい。
私は、他人の生活に妙な関心がある。他人が何を食べ、家でどんな服を着て、どれくらいの頻度でバスタオルを洗うのか、見たいし知りたい。一般の人々のお弁当をただ載せた本を頻繁に開くが、品数が多く彩りの綺麗なものより、野菜炒めと白飯だけ、みたいな弁当に瞠目する。人の目を意識していない市井の人々の生活を覗き見ると、ひどく興奮してしまう。
小説も生活感のあるものに惹かれる。北欧ミステリーの「ミレニアム」シリーズは1から6までもれなく面白いが、スティーグ・ラーソンの著した1と2が特別好きなのは、主要人物の食べているものや着ているもの、自室のインテリアなどがしっかり描写されているからだろう。
個々人の考えを直接言葉で窺うより、生活習慣からにじみ出る人間性をじっとり観察したい。その対象は、架空の人物であってももちろん構わない。
スリリングで新鮮、描かれる人々の「旨味」を味わう
「青い壺」は、この嗜好を充分に満足させてくれる小説だ。
青磁の壺が作り出され、人の手から手へ転々としていくさまはスリリングである。壺の行方をはらはらしながら追っていくと、先々の持ち主の生活が実に細かいところまで描写されている。ある者は二人前炊いたご飯を電子ジャーで二日間保存し、ある者は風邪をひかないための用心で三泊四日の旅行中いちども風呂に入らない。夫とレストランに行く日、いそいそと美容院で髪をセットし美顔術を受ける妻もいる。昭和50年頃の行動様式は、そこを通過してきた私から見ても新鮮だ。
壺の行き着く先には、市井の人々の生活がある。それがことごとく面白いのは作者の腕だろう。ある者の言動は恐ろしく、ある者は愛しい。そしておしなべて、出汁のような旨味がある。生活だけをじっと見つめてみれば、この世のすべての人間が滋味深いのではないかとハッとさせられる。
ちなみに全13話中のマイフェイバリット・パーソンは、病院の掃除係のシメさんだ。いつかこんな人物が書きたいと思うと同時に、シメさんのような人間になりたいとも思う。朝から夕まで働いて、質素な晩飯を食べ、風呂を済ませたあと「極楽だな」と呟いて、寝入りばなだけちょっと鼾をかきいつもの一日を終える。還暦を過ぎたころ、私もシメさんになっていたい。
やはり人の生活を覗き見るのは、この上なく愉しい。