「こんな小説を書くのが私の夢です」――

『三千円の使いかた』が90万部のベストセラーとなった原田ひ香さんが寄せたこんな推薦文とともに、昭和の名作家の幻の長編小説が、いまベストセラーとなっている。

 2024年に没後40年を迎える有吉佐和子さん(1931-1984)の『青い壺』(文春文庫)だ。

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 有吉さんは『華岡青洲の妻』など歴史のうねりや家族との相克に翻弄されながら生きる女性を多く描いた一方で、認知症と介護の実態を描いて社会現象となった『恍惚の人』など、社会派作家としても知られた。また『悪女について』は、謎の死を遂げた女性実業家に関わった27名のインタビューを綴った意欲作で、近年でもドラマ化されるなど、作品の持つ普遍的な力は時代を超えて評価されている。

『青い壺(新装版)』有吉佐和子(文春文庫)

 ただ、この『青い壺』は有吉作品の中で、これまであまり注目を浴びてこなかった。実際、一度は絶版になっている。それが2011年に復刊され、ジワジワと売れ続け、2023年に冒頭の帯文で人気に火がついた。2023年12月現在で40万部を突破。現代作家の新刊と並んで書店でも平積みとなり、連日売上ランキングを賑わせる異例のベストセラーとなったのだ。

「こんな小説を書くのが私の夢です」

 冒頭の帯文は、原田ひ香さんが2022年、あるインタビューで『青い壺』について触れていたのを担当編集者が見つけ、依頼したものだ。

「有吉佐和子作品との出会いは、中学生の頃。『悪女について』を読み、あまりの面白さに虜になりました。次に見つけたのが『青い壺』です。悪女の代わりに青い壺が人に近づき、人生に変化をもたらします。陶芸家、定年後の夫婦、道ならぬ恋を匂わせる男女、相続争いする人々......さまざまな人の間を壺はめぐり、さらには遠いスペインまで行きます。各話ごとに工夫が凝らされ、すべての人物の心理と生活に説得力がある。こんな小説を書くのが私の夢です」(文庫帯裏面の原田さんのコメント)

 大絶賛であり、原田さんにとっての「憧れ」の作品といえるだろう。

「文藝春秋」1976年1月号の表紙と『青い壺』連載第1回

 ここで改めて、この作品の成り立ちを振り返る。

『青い壺』は、月刊文藝春秋の1976年1月号(立花隆さんの『日本共産党の研究』が巻頭記事だった)から1977年2月号に連載された、全13話の連作長編。

 連載第1回の目次には、こんなリードがついていた。

“三十年青磁を焼いて、初めて得た会心の壺の数奇な運命”

 原田さんの言葉にもあるように、まさにこの「壺」が主人公、といっていい。

 物語は、昭和の高度成長期の日本が舞台。

 熟練の陶工の手によって生まれた砧青磁の壺は、譲られ売られ、はたまた盗まれ、ときには海を越えて、幾多の人々の手をわたっていく。

 そして、そのときどきの持ち主や周囲の人間模様を、滑らかな陶面に映し出していくのだ。

 特に大きな事件は起きず、嫁姑問題や遺産争いなど、ある意味普遍的な人間の我欲、俗な部分、いやな部分を忖度せずに描いたシーンが多いのだが、そこはさすがの筆致、登場人物の誰にも肩入れすることなく、さらりと、ある意味上品に読ませてしまう。

 また、壺はときに「李朝の青磁」として丁重に扱われたかと思えば、「三千円で、どないです」と、京都の骨董市で叩き売られたりする。モノの価値、美についての人間の複雑な心理のあやもまた鮮やかに描いている。