中国大使としての活躍をはじめ、30年以上にわたり日中外交の最前線で奮闘を続けてきた垂秀夫氏。今回は2010年9月に発生し、日中関係に大きな緊張をもたらした「尖閣諸島中国漁船衝突事故」について、当時の菅直人首相との折衝などを中心に振り返ってもらった。(聞き手 城山英巳・北海道大学大学院教授)

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怒りを爆発させた菅直人総理

「何をしてたんですか、仙谷さんは! 言っておいたでしょう、私は日中関係を大事にする政治家なんです!」

 2010年9月18日、菅直人総理は首相公邸で仙谷由人官房長官に怒りを爆発させました。尖閣諸島付近で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突してきた事件から11日後、前原誠司外相や福山哲郎官房副長官らに加え、佐々江賢一郎外務次官や齋木昭隆アジア大洋州局長、そして中国課長だった私も同席して、事件処理に関する協議を行いました。仙谷さんが黙って俯(うつむ)いていると、

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「外務省は何をやってるんだ!」

菅直人氏 ©JMPA

 菅総理の怒りは収まらず、矛先は前原さんのほか、外務省にも向けられました。ただ、中国漁船が海保の巡視船に故意にぶつかってきて逮捕相当と見なされたわけで、外務省に責任はありません。それでも総理の発言ですから、みんな黙っていました。

 菅総理が「外務省には専門家はいないのか!?」とまた怒鳴ると、隅の方でスチール椅子に座っていた私に全員の視線が注がれました。前原さんが「中国課長です」と紹介すると、「じゃあ一番分かっているだろう。ここに座るように」と総理は言って、目の前に座らされたのです。

「中国は何をしようとしてるんだ!?」

 怒ったようにワーワー言われたので、つい大きな声で返答しました。

「中国は、圧力さえかければ日本は必ず降りる(譲歩する)と考えています。今後もあらゆる手を使って、どんどん圧力をかけてくるでしょう」

 すると総理は、「何を言ってるんだ!」とさらに怒り出す。埒が明かないので、09年12月に来日した習近平国家副主席と天皇陛下の「特例会見」を例に出しました。陛下の御健康に関わる「1カ月ルール」の関係で、一度は会見はアレンジしないと整理されたのに、中国側からの強い要請を受けた民主党内からの働きかけにより、政府の方針が変更された一件です。「中国は、そういう経験も全部頭に入れた上でやってきています」と伝えると、

「た、確かに我が同志は……」

 そうつぶやいたきり、二の句を継げなくなった。一呼吸置いて「中国とチャンネルか、パイプはないのか!?」と言い出しました。外務省の幹部が「チャンネルよりも、大事なのはどういうメッセージを送るかです」と言うと、総理は黙りこんでしまい、そのまま解散となりました。

尖閣諸島 ©共同通信社

 確かに菅総理は中国との関係を重視し、母校の東工大の中国人留学生とは年に1回、食事会を開いていたと聞いたことがあります。自分が総理の時に日中関係を壊すような事件が起こったことがショックで、受け入れたくなかったのだと思いますが、総理大臣は、自国の主権を守ることを第一に考えなければなりません。

 中国課長時代、尖閣諸島を視察したことがあります。上空から魚釣島を見て、「この島を守らなければならない」との思いを強くしたものです。ところが、以後15年ほどの尖閣問題を振り返ると、残念ながら、日本の対応が逆効果になり、中国を利することが続いてきました。今こそ、戦略的な対応を練り直さなくてはなりません。