1ページ目から読む
2/2ページ目

鳩山総理が自白した虚偽答弁

 昨年12月に退官した前駐中国大使の垂秀夫氏(62)。2008年8月に中国・モンゴル課長に就任すると、尖閣諸島問題が勃発し、北京に赴任した公使時代には尖閣問題に端を発する大規模な反日暴動も経験した。短期集中連載の第3回では、対中外交を巡る秘話に加えて、今後、安定した両国関係を築くためのビジョンを明かす。

垂氏 ©文藝春秋

 09年8月、民主党政権が発足し、鳩山由紀夫総理が誕生しました。その4カ月後に起きたのが、12月15日の天皇陛下と習近平国家副主席の会見を巡る問題です。宮内庁は、陛下が海外の要人と面会する場合、陛下の御健康に配慮して1カ月前までに打診する「1カ月ルール」を定めていました。

 習氏の来日に際しても中国側に何度も伝えていましたが、一向に返答がなかった。経済政策の方針を決める中央経済工作会議の日程が決まらなかったためで、要するに中国側の都合です。結局、申し入れてきたのは11月23日。宮内庁はルールに則って対応しようとしました。

ADVERTISEMENT

 私は担当課長として、会見をアレンジすることの重要性を理解していましたが、陛下の御健康への配慮もあり、ルールを曲げることはできません。ただし、習氏は次の国家主席になることが確実な重要人物。代案として、総理官邸での大規模な夕食会を提案し、それが採用されました。本来、副主席である習氏のカウンターパートは総理ではありません。異例ではありますが、日本政府として厚遇する姿勢を示すべきだと考えたのです。つまり、この時点で鳩山総理自身は陛下との会見をアレンジしないことで納得していたわけです。

 だが、ここから迷走が始まる。共同通信(09年12月11日配信)によれば、小沢一郎幹事長が鳩山総理に電話をかけ、「何をもたもたしている。会見はやらなければ駄目だ」と圧力をかけた。これを受け、平野博文官房長官が宮内庁の羽毛田信吾長官に電話して説得。特例会見が実現したとされる。

 当時、鳩山総理が「今日も怒られたよ」と溢(こぼ)していたという話を私も耳にしたことがありましたが、もしそれが事実なら、与党幹事長とはいえ、一議員の圧力で陛下に特例を強いたのはいかがなものか。しかも、鳩山総理は国会で「自分は羽毛田長官に電話していない」旨を答弁しましたが、後にメディアの取材に「私が電話しました」と明かしています。つまり、虚偽答弁をしていた。

海保の巡視船に衝突する中国漁船 ©時事通信社

 結果、外務省にも批判の目が向けられました。野党だった自民党は石破茂政調会長を委員長とする特命委員会を設置。テレビカメラを入れて、私は1時間、立ちっぱなしの状態で追及を受けました。田舎の母から電話がかかってきて「お前、何か悪いことでもしたのかい?」と心配されたものです。この「吊し上げ」は当初、3日間続く予定でしたが、上司の齋木局長が石破氏にかけあってくれたため、1日で終わりました。

 いずれにせよ、この件で中国側は「日本政府は圧力をかければ折れる」と認識するようになったことは間違いありません。

本記事の全文は、「文藝春秋 電子版」に掲載されている(垂秀夫「尖閣諸島のために戦略的臥薪嘗胆を」)。