それぞれの思惑
外務省の元幹部は「おそらく、北朝鮮の衛生当局は以前からSTSSについて警鐘を鳴らしていただろう。ただ、労働党や軍の幹部たちの耳には届かない状態だったのではないか。北朝鮮の幹部たちの目に留まりやすい、韓国の中央日報が報じたことで、日本を平壌に来させたくない連中が、格好の理由だとして飛びついた可能性がある」と語る。
北朝鮮は最近、日本との関係改善に意欲を示しているが、逆にこの動きを不快に思っている勢力も少なからずいる。代表的な勢力が軍部だ。日本は米韓との安全保障協力を強化し、最近では北朝鮮の弾道ミサイル関連情報をリアルタイムで共有する仕組みをスタートさせた。軍部の立場からみれば、敵と仲良くする最近の動きをみて、気分が良いはずがない。
秘密警察の国家保衛省も日本との交渉には慎重であるはずだ。日本が関心を寄せる日本人拉致問題の担当機関だからだ。日朝関係が改善して拉致問題解決の機運が盛り上がれば、国家保衛省幹部の処罰の問題も浮上する。朝鮮中央通信は2月15日、「解決済みの拉致問題を障害物としなければ」という条件をつけたうえで、「(岸田文雄)首相が平壌を訪問する日が来る可能性もある」とする金与正氏の談話を配信した。
これに対し、林芳正官房長官は翌16日の記者会見で「拉致問題は解決済み」とする北朝鮮の主張について「全く受け入れられない」とはねつけた。金与正氏は3月25日の談話で「これ以上解決するものもない拉致問題に没頭するなら、岸田首相の構想が人気集めにすぎないという評判を避けられない」とし、「自分が願い、決心したからといって、わが国家の指導部と会えるものではないことを悟るべきである」と指摘した。明らかに、林氏らの発言に不快感を示し、牽制するための意図がうかがえる。
日朝関係の改善に反対する勢力はSTSSの話題に飛びつき、「日本代表を受け入れたら、金正恩氏らの健康に問題が生じるかもしれない」「日本は金与正氏の前向きな談話にも失礼な姿勢を示した。そんな日本を受け入れたら、誤ったメッセージを送ることになりかねない」などと訴えたのかもしれない。
北朝鮮外務省の意気込み
また、北朝鮮は今回の平壌開催を巡り、在日朝鮮人のメディア関係者の訪朝を認めなかった。在日関係者の一人は「今年打ち出した南北統一政策の放棄によって、北朝鮮内部が混乱しているようだ」と語る。
北朝鮮はすでに、祖国平和統一委員会など、対韓国関係機関の解散を決定。国歌や駅名などから、統一を象徴する言葉の削除も進めている。3月24日の朝鮮中央通信は、祖国統一民主主義戦線中央委員会が23日に平壌で会議を行い、委員会の正式な解散を決めたとも伝えた。それだけではなく、党統一戦線部や偵察総局など、韓国と関係がある機関の改編や担当者の配置換えも進めているという。在日関係者は「こうした混乱から、在日関係者はもとより、100人を超える日本代表団の受け入れに消極的になっていた可能性がある」と語る。