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サッカー日朝戦ドタキャン騒動の「舞台裏」とは…? 平壌開催中止で浮き彫りになった“北朝鮮をむしばむ病理”

2024/03/26
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 もちろん、金日成競技場での日本対北朝鮮戦を心待ちにしていた人々もいる。対日外交を担当する北朝鮮外務省の日本担当者はその代表だろう。2011年11月に平壌でサッカーの日本対北朝鮮の試合が行われた。当時も、日本外務省領事局政策課長をトップとする領事業務支援チームが訪朝した。当時、北朝鮮の宋日昊朝日国交正常化担当大使や車成日・外務省日本研究所研究員らが日本チームが宿泊する高麗ホテルを複数回訪れ、日本外務省関係者と懇談した。宋日昊氏らは「これは特別な行事だから、成功させなければいけない」と繰り返し、強調したという。

最も試合を待望していた人物

 今回、平壌に赴くはずだった日本外務省チームのトップも領事局政策課長だった。関係者らによれば、政治接触のためのマンデート(権限)は与えられていなかったという。ただ、日朝外交当局はすでに2月ごろから、領事支援チームの訪朝について打ち合わせを始めていた。北朝鮮側からは「訪朝団の格が低いから、受け入れられない」という不満の声は出ていなかったという。むしろ、領事業務とはいえ、日本外務省関係者が久しぶりに訪朝すること自体が、日朝関係を改善する雰囲気づくりになることを期待していた様子があるという。

 そして、平壌での日本対北朝鮮戦を最も楽しみにしていたのが、金正恩氏その人だった。2016年から18年にかけ、北朝鮮代表監督を務めたヨルン・アンデルセン氏(現香港代表監督)によれば、金正恩氏は、英プレミアリーグ・マンチェスターユナイテッドの大ファンで、サッカーに強い関心を持っていた。北朝鮮代表の試合があると、金正恩氏は必ず、スタジアムまで足を運んでいたという。日朝関係改善に反対する金正恩氏の側近たちは、「試合も大事ですが、お身体の健康が優先します」などと言って、開催断念を説得したことだろう。

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 今回の騒動は、「ぜい弱な医療体制」、「縦割りの組織」、「常に優先される強硬派の主張」など、北朝鮮をむしばむ病理を再び浮彫にした。可哀そうなのは北朝鮮の人々だ。私は2006年7月に訪朝した際、宿舎の高麗ホテルで外務省出身の案内人とビールを飲んだ。ちょうど、W杯ドイツ大会が開催されていた時期にあたった。案内人は私との会話も上の空状態で、ひたすらテレビが伝えるW杯の試合の映像を見つめていた。娯楽が少ない北朝鮮で、サッカーは数少ない楽しみのひとつだ。楽しみを奪われて、北朝鮮の人々もさぞ、残念に思っているに違いない。

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