犬にきいてみろ
さて、花咲舞の初登場作『不祥事』の刊行は二〇〇四年(最初の短篇が雑誌に掲載されたのは二〇〇三年)だった。続篇となる『花咲舞が黙ってない』が読売新聞に連載されたのは、前述の延長も含め、二〇一六年の一月一七日から一〇月一〇日にかけてのことであり、中公文庫から刊行されたのは二〇一七年九月であった。おおよそ一三年の間隔を空けて、続篇が発表されたことになる。
その間には、皆様ご存じの通りTVドラマ化が行われた。前作『不祥事』刊行から一〇年後の二〇一四年に『花咲舞が黙ってない』(主演:杏)として放送され、翌年には第二シーズンも放送されるほどの人気だった。その第二シーズン終了後に新聞連載が始まり、さらに小説『花咲舞が黙ってない』の刊行へと到るのである。つまり、このタイトルは『不祥事』のTVドラマの題名として先に誕生し、それを、『不祥事』の続篇の小説が採用したという流れなのだ。少々入り組んでいるが、誤解なきよう。
そうした来歴で世に送り出された『花咲舞が黙ってない』は、今回講談社文庫での刊行にあたり、もう一段階進化した。二〇一〇年一一月から翌年六月にかけて日本金融通信社『ニッキン』に連載され、その後大幅に改稿、電子書籍(Kindle Single)として刊行された短篇「犬にきいてみろ」が巻末に収録されたのである。これもまた一人の男の成長と、ダイイング・メッセージ的な謎解きの両方に花咲舞が関与するという一篇で、本書にしっくりと馴染む小説である。
結論。
本書は、ミステリとして、人間ドラマとして、池井戸潤の小説を読む満足感を十二分に与えてくれる。
本書は、“半沢ロス”の今だからこそ深く味わえる愉しみを備えている。
本書は、「犬に聞いてみろ」を未読ならば特に、“この本”で読むべきである。
そんな一冊なのだ。
2020年12月
(むらかみ・たかし 書評家)