デフレ要因の一つは、デット・チェーンの存在
しばしば「日銀のマイナス金利政策が銀行の利ザヤを圧迫している」と指摘される。しかし、それは表面的な説明で、原因と結果を取り違えているのではないか。むしろ根本の問題は、デット・チェーンのくびきがイノベーションの生成や生産性の向上を妨げていることだ。日本を物価が持続的に下落するデフレに陥らせた要因の一つは、デット・チェーンの存在だ。マイナス金利は、根強いデフレへの処方箋として日銀が採用に追い込まれた金融政策であって、デット・チェーンこそがマイナス金利を生み出した魔物なのである。このなかでとくに銀行が、デット・チェーンの温存に大きく寄与している。優秀な人材をフル稼働させて、すでに時代にそぐわない間接金融の仕組みを温存させているからだ。
経営共創基盤代表取締役マネージングディレクターで金融庁参与の村岡隆史氏は言う。
「銀行は、人員、資産(店舗・システム)、預金という三つの過剰の膿出しが、まだ終わっていません。負の遺産を一掃すると同時に、稼ぐ力を付けなければいけません。ただこれは、従来型のビジネスモデルの効率化だけでは不十分です。銀行業を中抜きする産業や資金の流れは加速します。従来の銀行業の枠組みを超えて、顧客との新たな共創事業モデルを創らないといけません。そのためには組織のあり方、人材育成方法も抜本的に見直すことが問われています。安易な低金利競争をしている時間的猶予はありません」
かつては信頼感で結ばれた銀行と企業の関係も、今日ではすっかり冷え込んでいる。前述した地銀のA氏は言う。
「法人の取引先に、うちの銀行を『他のお客様に紹介したいですか』とアンケートで質問をしたところ否定が約半分、やや否定的も加えると8割を超えました。銀行は、お客様に信頼されていないんです。社長もショックを受けていました。バブル崩壊後の不良債権処理の過程で、貸しはがし、貸し渋りをしたことで『いざという時に頼りにならない』と企業に思われているんです」
銀行と個人との関係も歪み始めている。当面の収益目標達成のため、投資信託などの厳しい販売ノルマを現場に課している銀行が多い。メガバンクの若手行員B氏は言う。
「銀行の営業マンから金融商品を購入するのは『銀行なら安心だろう』と考えている高齢者が多い。そのため値が下がって損失が出るとトラブルになるケースも稀ではありません。ノルマもきついですが、銀行の信用を悪用しているかのような罪悪感も現場を苦しめています」
投資家が企業に効率的な経営を求めていく必要がある
銀行と企業や個人との信頼関係は崩れ、どちらにも利益を生み出していない。銀行を中心としたデット・チェーンが日本経済の負のサイクルを加速させている。
では、どうすれば、この負のサイクルを断ち切れるのか。そのためには、日本の経済構造全体を間接金融中心から直接金融中心に移行させるしかないだろう。
まず機関投資家が、株主総会での議決権行使などを通じて、企業に効率的な経営を求めていく必要がある。投資家からの監視と圧力で企業の稼ぐ力が高まれば、株価の持続的な上昇が期待できる。株式市場の魅力が高まれば、資金は預金から株式市場に流れ出す。そして株式で調達された資金が、起業への挑戦、企業がイノベーションを現実化するための潤滑油の役割を担う。
こうなれば、デット・チェーンは緩み、新たにインベストメント・チェーンが生まれ、日本経済は活力を取り戻すことができるだろう。