「自分も叩かれそうになったので、逃げた。そのときの恐怖が強くて不安でたまらず、夜眠れなくなった」…事務所にいるときに、見知らぬハンマーを持った男性に襲われたと語る建築会社の新入社員。
ところがのちに、彼の話は作り話だったことが明らかに。いったいなぜそんなウソをついたのか? 問題社員の心理を、精神科医の片田珠美さんの新刊『職場を腐らせる人たち』(講談社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
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建設会社に入社して1ヵ月も経っていない男性の新入社員は、「自分が一人で現場事務所にいたとき、知らないおじさんがハンマーを持って入ってきた。そして、『工事の騒音がうるさいんじゃ』と怒鳴りながら、ハンマーを振り回して壁を叩いた。自分も叩かれそうになったので、逃げた。そのときの恐怖が強くて不安でたまらず、夜眠れなくなった」と訴えた。だが、実はその裏に驚くべき事実が潜んでいた。
作り話をしてまで部署異動を画策
現場事務所の壁に少しへこんだところがあったので、当初は会社側も本人の訴えを信じたようで、「診断書をもらってきなさい」と指示した。そこで、新入社員は私の外来を受診した。私自身も本人の訴えを信用して、休業加療を要するという趣旨の診断書を書いた。
ところが、その後とんでもない事実が明らかになった。会社の上司が新入社員を伴って来院し、本人同席のもとで経緯を説明した。だいたい次のような内容だった。
会社としては、警察に被害届を出すことも検討し、現場事務所の玄関に設置されていた防犯カメラを解析した。すると、当該時刻に外部から誰かが侵入する姿も、新入社員が逃げ出す姿も映っていなかった。そのかわりに映っていたのは、新入社員らしき人物が棒のようなもので壁を叩いて回る姿だった。もっとも、新入社員は外部からの侵入者が現場事務所の壁をハンマーで叩いたのは事実だと主張し続けた。そこで、会社側は、防犯カメラに侵入者の姿が映っていなかったことを彼に伝え、被害届も出さなかった。
この話を信用すれば、現場事務所に外部から男が侵入してハンマーを振り回し、壁を叩いたというのは、新入社員の作り話だったことになる。防犯カメラの映像という証拠がある以上、どちらの主張に信憑性があるかは一目瞭然だ。