「申し訳ございませんが、ほかのクルマを当たってください」――行き先は上野から富山の超長距離…それでもベテランタクシードライバーがそうしたお客を断りたい理由とは?

 1日300km走行、タクシードライバーの悪戦苦闘の日々を描いた内田正治氏の著書『タクシードライバーぐるぐる日記――朝7時から都内を周回中、営収5万円まで帰庫できません』(三五館シンシャ)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)

タクシードライバーが“上野→富山に行きたい客”を断る理由とは? 写真はイメージ ©getty

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最も遠方のお客様は…

 先日、こんなニュースを目にした。

 横浜市から鳥取市まで600キロ以上にわたりタクシーに無賃乗車したとして、鳥取県警鳥取署は17日、住所、氏名とも不詳の女を詐欺容疑で現行犯逮捕し、発表した。(略)署によると、女は同日午前2時半ごろ、代金を支払うつもりがないのに横浜市戸塚区のJR戸塚駅からタクシーに乗り、約8時間かけて鳥取市東品治町のJR鳥取駅付近まで運転させ、乗車料金23万6690円を支払わなかった疑いがある。

 女は「鳥取砂丘を見たい」「鳥取駅でお金をおろすから」などと言って乗車。到着しても料金を払わないことから、運転手が女を乗せたまま鳥取署まで連れて行ったという。40代ぐらいで、確認できている所持金は数百円程度という。(2021年1月18日、朝日新聞デジタル)

 ときどきお客に「今まで行った一番遠いところはどこ?」と聞かれた。私は遠方の体験はあまりない。もっとも遠いのは宇都宮だった。深夜割増料金で5万円ほどになった。

 そのお客はJR上野駅前で乗り込んできた。

 仙台から宇都宮まで行く電車に乗っていたが、熟睡して乗りすごし、上野駅まで来てしまったのだという。すでに終電の時刻をすぎていた。

 ホテルに泊まったほうが安いだろうにと思って尋ねた。

 30代と思われる男性は、「明日の朝、親がクルマを使うんです。でも、そのクルマ、私が宇都宮駅に停めてしまっていて……。だから、どうしてもクルマを朝までに親のところに返さないといけなくて」と言う。低姿勢な人で「こんな遠くまで、本当にすみませんね」などと詫びる。

 すまないことはない。タクシードライバーにとって、こんなにありがたいことはないのだから。

「いいえ、運転手にとってありがたいことです」と返したが、その事情に同情もした。

 とはいえ、継ぎ目のない東北道をスムーズに飛ばし、加須、栃木と進み、青タンの料金メーターがスピードとともに勢いよくあがっていく様は正直快感だった。

「上野→富山でまで行ってほしい」という客

 私の最長不倒はこの程度の話しかないので、ここでは同僚の一人、遠山さんの武勇伝を紹介しよう。

写真はイメージ ©getty

 遠山さんが上野で客待ちをしていると、ある客が前のタクシーに次々に断られる様子が見えた。

 何件も断られたお客が遠山さんのクルマに来て、こう言う。

「今は金の持ち合わせはないんだけど、家に帰ればカードがあるんです。だから富山まで行ってほしいんだけど」

 こんな話をまともに信じるドライバーはいないだろう。

 ところが、遠山さんは会社の了解を得て引き受けた。それにしても会社もよく許可したものだ。