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「『TATTOO』は、夜中に映画『ベニイ・グッドマン物語』を観ていて生まれた世界観でした。1930年代の男女のカッコよさをジャングルビートで表現してみようと思って。アルマーニやベルサーチが流行っていたころの、グランドキャバレーのイメージですね。」(サイト「Smart FLASH」2022年11月23日)

 さらに凝っているのは、スウィングジャズにもかかわらず、非常に人工的・機械的な演奏になっていることだ。また歌詞も「哀れなアンドロイド」「チープなレプリカント」などの言葉が効いている。意味はそれぞれ「アンドロイド=人間型ロボット」「レプリカント=人造人間」。

 藤倉克己によれば映画『ブレードランナー』(82年)がヒントらしい。そういえば、88年当時『ブレードランナー』を契機とした「サイバーパンク」という世界観が流行り、雑誌などでよく見聞きした記憶がある。そんな世界観に合わせたのか、ボーカルも、今聴き直すと、かなり抑制的に歌われている――。

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TATOOの裏表

 まとめると、この入れ墨(TATTOO)には裏表がある。

 まずは、ボディコン、ミニスカ、『DESIRE-情熱-』以来のシンプルさ、歌謡曲感。対して、ハイブロウでトレンディな「サイバーパンク・ジャズ」な音世界。

 中森明菜ファンは2つを、相乗効果をもって捉え、「明菜、相変わらずすげぇな」となったはずだ。反面、中森明菜を遠く感じ始めていた男子大学生は、ボディコン、ミニスカの残像だけに囚われ、「ネタ消費」してしまった……。

 そう、「ネタ消費」。この本は基本的に、中森明菜の音楽をあらためて洞察する結果として、前者=中森明菜ファンと重なる視点で、その魅力を描いていく方針だが、ここでは、後者の「ネタ消費」に対する応援演説もしたくなるのだ、自らもあのゼミ合宿に参加した者として。

 ここで『TATTOO』がオリコン1位となった88年5月30日付のオリコン週間ランキング。

1位 中森明菜『TATTOO』
2位 酒井法子『1億のスマイル』
3位 渡辺美里『恋したっていいじゃない』
4位 田原俊彦『抱きしめて TONIGHT』
5位 浅香唯『C-Girl』
6位 渡辺美奈代『ちょっと Fallin' Love』
7位 TUBE『Beach Time』
8位 生稲晃子『麦わらでダンス』
9位 荻野目洋子『スターダスト・ドリーム』
10位 山下達郎『GET BACK IN LOVE』

 問題は、中森明菜と(因縁の)山下達郎の間だ。どの曲がどうというよりも、全体的にバブルの夏に向かって、もう時代そのものが踊っているという感じの賑やかな曲が並んでいる。さらにいえば「ネタ消費」を求めているようなあの曲、この曲。

 だからこそ「サイバーパンク・ジャズ」の『TATTOO』が光ったという話もあろうが、だからこそ、『TATTOO』すらも「ネタ消費」されてしまったという面もあると思う。

 何が言いたいかというと、当時、この曲が世の中的にかなり響いていた気がするのにもかかわらず、売上が伸びていないのだ。売上枚数29.7万枚、前作『AL-MAUJ』と奇しくもまったく同じ。ちなみに中森明菜のシングルが30万枚を切ったのは、デビュー曲『スローモーション』以来のこと。

 あれほどぴったりだった、中森明菜と時代との噛み合わせが、少しずつ狂い始めていたということなのかもしれない。中森明菜が、その最後を彩った昭和という時代。そんな昭和の最後の夏が来る。