「石松さん、今日は深い(支払いがかなり遅れている)お客ですね。あまり熱くならないでくださいよ」
そう私が茶化すと、
「ここまで遅れると電話出ないやつも多いんですよね」
嫌がられることがわかっている電話がけは気が重い仕事だ。
「仕事を楽しむ」変わった社員も…
ただ、この仕事を楽しんでいる社員も存在する。向かいの席の渡嘉敷さんは22歳、まだ入社して3カ月の新入社員だ。「今日もやりますか!」と目を輝かせる。
社会人経験も浅いため、デックの色にすぐに染まったのであろう、どちらかというと延滞客への説教を楽しんでいるフシもある。
督促架電がスタートする。
「もしもし、デックの加原井ですけど、昨日お支払い日だったもので……あっ、明日ですね。わかりました。お願いしますね」
1カ月遅れで、過去に延滞していないお客だと、単に忘れているだけだったりすることもあり、それほど追い込む必要もない。一方、石松さんはというと、なかなか電話に出る債務者がおらず、苛立ち始めている。
「クソッ! また出ねえ。本当、出ねえやつらばっかりだ!」
架電件数も多いため、受話器を上げずスピーカーにした状態で電話をかける。
『……あっ、はい』
債務者が電話に出た。「出た」というより、きっと「間違って出てしまった」のだろう。慌てて受話器を持ち上げる石松さん。ふつうの会社なら、お客が電話に出れば、こちらの社名を名乗るだろうが、石松さんは開口一番、怒鳴る。
「何やってんの!?」
受話器の向こうでは、お客があーでもないこーでもないといろいろ言い訳をしているのであろう。だが、延滞常連客の言葉などいっさい信用しない石松さんは、「あんた、前の勤務先、もう辞めたよね? 今どこに勤めてんの?」。ここぞとばかりまくし立てる。
さらに向かいの席では若手・渡嘉敷さんが暴走中。
「おいっ、てめー、何やってんだ! てめーはなんで約束したこと守れねーんだ! 何回言ったらわかんだ。てめーはニワトリか!」
おそらく電話の相手は、彼より一回りも二回りも年上だろう。渡嘉敷さんの語彙力のない威嚇電話はどう見てもストレス解消にしか思えない。
もはやこの空間に「お客さま」など存在しない。債務者たちが電話に出なくなるはずである。