サラ金の回収、ヤクザにまざって行なった福島の除染作業、そしておっぱいパブの呼び込み……。路上生活も経験し、アンダーグラウンドな世界を覗き込んできた作家の赤松利市氏(67)が今、注目を集めている。

 新刊『救い難き人』(徳間書店)を発売したばかりの彼に、60歳を過ぎてから作家デビューを果たしたワケ、そして栄光と苦悩にまみれた歩みを尋ねた。

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カネと欲……魔力に取り憑かれた男たちの闘争がはじまる

 身なりを整えてからロッカーに目を戻した。

 その棚の奥に仕舞っていたモンを睨み付けた。

 四つに畳んだ紙切れや。

 お母ちゃんから貰った紙切れや。

 『恨』の字が書かれた紙切れや。

(『救い難き人』より)

 絵も音も動きも使わぬ文章表現だけで、これほどの迫力を打ち出せるものなのか。

 読んでいるあいだ、そう感嘆しきりとなるのが、赤松利市さんによる最新小説『救い難き人』だ。

©文藝春秋 撮影/石川啓次

 主人公の朴マンスは14歳で母を亡くす。母親の命を奪ったのは、関西のとある地域でパチンコ王として君臨する、彼の父親だった。父への復讐を固く誓ったマンスは、先輩・井尻の手引きで父のパチンコ店に見習いとして潜り込む。巨大なパチンコ業界の表舞台と舞台裏の双方で、金と欲の魔力に取り憑かれた男たちの闘争が繰り広げられる……、というのがあらましである。

62歳で作家デビュー。それまでの歩みは……

「今回は苦心しました。この7月に刊行と相なったんですが、それまでの1年以上をかけて、全面改稿を6度しています。

 当初は三人称視点で、ある程度客観的な書き方をしていたのを、複数人物のあいだで話者が入れ替わっていくタイプの一人称視点語りに、ガラリと書き換えてもいます。一人ひとりの人間の内部で起きていることを、つぶさに表現したくなったので、そうするとどうしても根本から直すよりほかなかった」

 これまでの作品とは、文体や文章の密度も異なる。

 赤松利市さんは、2017年に62歳でデビューを果たした「遅咲き小説家」。その経緯は後述するが、これまでにものした作品群は、不器用かつハードに生きる男たちの姿を、アップテンポなストーリー展開で、スルスルと読ませる文体で書くのが特長だった。

 一本釣り漁師たちが舞い込んだ儲け話に翻弄されていく『鯖』、障害を持つ娘を抱えた男が東日本大震災復興事業に一枚噛もうと試みる『ボダ子』、大阪を舞台にトランスジェンダーが躍動する『犬』……といった具合である。