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「バレたら逮捕です。すべて自己負担でどうぞ」

 東京に着いたとき、赤松さんの所持金は5000円だった。住むところのアテなどなく、浅草の漫画喫茶に転がり込んだ。

「働かなければ食うにも困るので、インターネットに出ている求人に片っ端から応募しました。ただ、たいていは年齢ではねられる。その時点で58歳でした。

 それでも3件だけ、面接してくれるというところがありました。ひとつは新宿歌舞伎町にあるキャバクラの黒服の仕事。スーツを着てこいと言われたんですが、こちらは作業服しか持っていない。歌舞伎町で安くそろえられるからまずは買ってこいというので、ふざけるなと啖呵を切って連絡を断ちました。

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 ふたつめは、黙って荷物を運べばカネは支払うというもの。この上なく怪しいのに加えて、注意点があるという。バレたら逮捕される恐れがある、その場合当方は関知しないし補償もしない、すべて自己負担でどうぞとのこと。これもやめておきました。

 みっつめは、おっパブ(風俗店)の呼び込み。最初は接客業と聞いてキャバクラかなと思ったら……店内が薄暗くて不自然に高いついたてが席ごとにある。それで、あぁ……そういうことかと思いました。でも1日10時間勤務で時給1000円、休憩なしですが、日当の半分は取っ払いでくれるというのでそこに決めました。1年以上働きましたね。ただし寝泊まりは漫画喫茶のまま。荷物が増えるのも嫌なので、住所不定の生活を続けていました」

©文藝春秋 撮影/石川啓次

 そんな日々を送りながら、赤松さんは漫画喫茶で小説を書き上げ、2017年に『藻屑蟹』で第1回大藪春彦新人賞を受賞することとなる。

「61歳になったとき、ふと思いました。このまま自分の人生は終わっちゃうのかなと。

 もう一度、何かしてみようか。小説はどうだろう。それくらいしかできることもないし。そう考えて書き上げたものを見出していただけた。拾い上げてくれた編集者には、足を向けて寝られません」

「人は誰でも一皮むけば救い難き人ですよ」

 作家デビューを果たしたあと、堰を切ったように作品を発表し続けてきた。ただし先述の通り、今作には例外的に執筆に長い時間をかけた。自身の到達点を示したいとの思いが高まってのことだ。

「この作品にすべてを注ぎ込んで書き上げたとはっきり言えます。自分の最高傑作です。

 そういえば何ヶ月も改稿を重ねる過程で、タイトルも変えました。『救い難き人』という言葉を見つけられたことには、かなり満足しています。

 そこにどんな意味を込めているのか、ですか? 救い難き人というのは、登場人物全員について当てはまりますね。まあ人はだれでも一皮剥けば、救い難き人ということなのかもしれません。

 ただ『救い難き』ということは、救うのが難しいだけで、救いようはある。だれの人生だって救えるんだ、とは信じていたいものです」

撮影 石川啓次/文藝春秋

救い難き人

赤松利市

徳間書店

2023年7月29日 発売