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 なんとなくドアノブに手をかけてみるとカチャッと音を立てて、ドアが開いた。

 不吉な予感と怖いもの見たさで、私は「お邪魔します」と言いながら、家の中に足を踏み入れた。玄関に立つと、その家にはもうしばらく人が住んでいないことが空気感で伝わってくる。

 私はやってはいけないことと承知しながらも、何かに導かれるように靴を脱いで、家の中に足を踏み入れた。リビングにはソファーやテレビが置かれたままになっていて、脱ぎ捨てられた衣類やゴミ、食器が放置されている。

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 あたりはすっかり暗くなり、電気も止められているため、はっきりとはわからないが、家族写真と思われるものが机に置かれている。手に取ってみると、写真には小学生くらいの女の子が写っている。

 学芸会だろうか、体育館のような場所でお姫さまのコスチュームを着て、ニコニコとこちらにピースサインをしている。ちょうどうちの子どもたちと同じくらいの年齢だ。最初は怖いもの見たさで高揚していた私も、ここに暮らした一家の人生の悲しみに触れ、気分が沈んでいく。

 さらに対面式キッチンにあるダイニングテーブルの椅子には、おそらく写真に写っている女の子のものであろうランドセルも置かれたままだ。この家には生活感が残っているが、生活の温度は感じられない。明らかに「夜逃げ」である。

写真はイメージ ©getty

 小久保さんにも、この家を買ったとき、子どもが産まれたとき、家族ですごしたとき……たくさんの良い思い出もあっただろう。それがちょっとしたつまずきで、すべて失われる。

 家具や家電だけでなく、ランドセルまで置いて逃げたときの心持ちはどんなものだったろう。そのとき女の子は何を思っただろう。逃げた先でどんな生活を送っているのだろう。写真の女の子に、娘と息子の顔が重なる。

夜逃げした人間の借金はどうなる?

 人の「負の感情」がしみ込んだ場にたたずみ、虚しさとメランコリックな感情で私は耳鳴りと軽いめまいに襲われた。

 壁に掛かっているカレンダーはこの家庭がいなくなったであろう1カ月前のまま……重苦しい感情がトグロを巻くこの家にこれ以上居続けるのに限界を感じ、私はその場をあとにした。

 夜逃げや行方不明のお客は社内では「スキップ」と呼ばれ、本社に報告することになる。本社では法務課の管轄となり、住民票などをもとに居場所を継続調査するのだ。最終的に回収の見通しが立たない場合は、破産同様に「貸し倒れ」として処理される。