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(事件に至った経緯など)言いたいことはありますが、生来の口べたな自分には少しばかり難しいです。思い考えているものを内に抱えていても話せない人もいます。また、それらを他人に伝えられてもその人が耳を傾けて聴こうとしない、もしくはその言葉に対して正しく理解や共感、納得しなければ聞き流しているだけでムダに終わります。
手紙うんぬんは発信者の判断でそれに返信するもしないも受信者の勝手だと思います。つまり手紙を寄こすのはイイけど、あまり多く送られても困るのは読む自分とココ(東京拘置所)でそれなどを点検する職員(刑務官)です。
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気まぐれでも、根負けしたわけでもなかった。明らかな拒絶だ。行間には「迷惑だ。もう送ってくるな」と書かれている。しかし同時に、この短い1枚の便箋には和也が事件を起こすまで生きていた社会での孤独を投影しているような気がしてならなかった。
親でさえ理解してくれなかった「和也の人生」
それは、このあとの取材で確信を得るのだが、口下手な和也と腰を据え、彼の言葉に耳を傾ける者は塀の外で生きた26年間、おそらく誰ひとりとしていなかったのだ。事実、最初の理解者になるべきはずの親ですらそうじゃなかった。
和也自身も理解者を求めていた時期があったはずだ、特に母親に対しては。が、どれだけ追い求めても叶わず、便箋に「他人に伝えられてもその人が耳を傾けて聴こうとしない、もしくはその言葉に対して正しく理解や共感、納得しなければ聞き流しているだけでムダに終わります」と書かれていたように、いつしか自分を押し殺し、あきらめに似た愚痴をこぼすだけに終始してしまっていたのだろう。
取材者のエゴかもしれないが、そんな和也のジメッとした胸の内を覗いてみたい、そして最初の理解者になりたいと思ったんだからしょうがない。私は手紙の礼を言い訳に、和也の“拒絶”に気づかぬフリをして、和也が収監されている東京・小菅の東京拘置所まで直接会いに行った。2017年6月のことである。