裁判員が「社会のセーフティネットがあれば違った人生を送っていたはずだ」と語り、現場の捜査員が彼の生い立ちを知り「彼も被害者」と匿名でコメントを寄せる異例の事態…。高齢者2人を殺害したにもかかわらず、「前橋高齢者強盗殺人事件」犯人男(当時26歳)に同情が集まったのはなぜか? 事件後の加害者や、その家族を追った高木瑞穂氏と、YouTubeを中心に活躍するドキュメンタリー班「日影のこえ」による新刊『事件の涙 犯罪加害者・被害者遺族の声なき声を拾い集めて』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)
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殺人犯に同情の眼差しが向けられる裁判
和也の存在を初めて知ったのは、2014年11月と12月、前橋市内で起きた2件の強盗殺人事件の容疑者として和也が逮捕されたことを報じる、新聞の片隅に載っていたベタ記事だと記憶している。そこには、逮捕事実が淡々と記されていたほか、近隣住民の「大人しい印象だった」「逮捕されてほっとした」という声が載せられていたが、事件の背景を感じさせる記述は皆無。被害者人数からして死刑判決を予感させるが、まだこの段階ではさして気には留めていなかった。
殺人に至るような凶悪事件など、各地で毎月のように発生している。事件記者なら誰しもそうだと思うが、同じ殺人事件でも、殺された人数の多さや容姿端麗な女性が被害者などの話題性がありそうなものに飛びつくものだ。
逮捕の数日後には、現場検証に同行する和也やゴミ屋敷と化していた自宅アパートの映像がテレビで流されはじめたが、いちいち深掘りなどしていられない。26歳の屈強な男が、金品を得るため高齢者を殺害するなどよくあることだ。盗んだものはわずかな現金とリンゴだけだが、おそらく金目の物が他になかったのだろう。なんと太々しい奴だ。
ところが、こともあろうに和也には、逮捕から1年半経った2016年7月に裁判員裁判で行われた前橋地裁での一審の死刑判決後に同情の声ばかりが集まった。和也の死刑判決を伝える新聞記事で、裁判員が「社会のセーフティネットがあれば違った人生を送っていたはずだ」と語り、現場の捜査員が彼の生い立ちを知り「彼も被害者」と匿名でコメントを寄せる。通常とは真逆の反応が自然、事件の特異性を物語っていたのだ。
私自身、過去に死刑判決が下された裁判を何回も傍聴したことがあるが、経験からして法廷に漂うのは明らかに被告として立たされる殺人犯に向けられる敵意だ。裁判員にしても、自分が社会の代表として死刑判決を下すことに酔ってしまっているとしか思えない高揚感に支配されている者ばかり。少なくとも、遺族も立ち会う法廷で、これほどまでに殺人犯に同情の眼差しが向けられる裁判を、私は知らなかった。
記事を何度も読み返し、そして思った。和也の半生とは──。