文春オンライン

「君は12人中13番目の補欠だったんだ」“できない君”だった新人が、広告史に残る名コピー「モノより思い出。」をひらめいた最強《思考ツール》とは

2024/07/26

source : ライフスタイル出版

genre : ビジネス, 経済, 企業, 働き方, 読書, ライフスタイル

note

突破口となった「人生思考」というツール

――突破口となった思考ツールを具体的に教えて頂けますか?

小西 例えば僕がよく使っていて大切にしている「人生思考」というツールがあります。アイデアを考えなきゃいけない商品(やサービス)の横に「人生」と書き、そのあいだにある本質的な課題がなんなのかを突き詰めて考えていく思考法です。メソッドとしての詳しい手順は本書に譲りますが、入社3年目のときに書いた日産セレナの「モノより思い出。」というコピーはそこから生まれました。

 

――広告史に残る名コピーとして有名ですよね。

ADVERTISEMENT

小西 ありがとうございます。でも、これは発案当初、社内でけちょんけちょんに言われたんですよ(笑)。「こんなマーケティング用語みたいな言葉はコピーではない」って。確かに売りたい車について何もふれてないですし、当時あのような人生教訓的なコピーはほぼ皆無でした。しかも子どものビジュアルと組み合わせるのは、「ウケ狙い」として広告的にタブー。

 でも僕は、「モノ」自体の良さや新機能の差異を訴求するのではなく、「人生」と「モノ」のあいだにあるものを射抜いたほうが、世の中の人たちは幸せになれるんじゃないかと感じていました。その頃バブルが終わって、世の中のムードとして元気はないわ、お金はないわ、忙しいわで、家族よりも仕事優先の風潮でした。そんな時代に、車というカテゴリーと家族のある人生とのあいだにドキっとする言葉を投げかけられないかを考えて行き着いたのが「モノより思い出。」だったわけです。

――当時の広告コピーの常識を逸脱した手法だったわけですね。

コピーの本質は「変化をともなう心の動きを生むこと」

小西 はい。実はここでは、「矢印クリエイティブ」と僕が呼ぶ「X→Z」という思考ツールも使っています。これは何かというと、まず現状を明確にする(X)――「たしかにそうだよね」という共感を生む。ここでは「モノより」という部分です。それと対比して「こんな風になるといいよね」という未来を提示する(Z)。「思い出」をつくろうという呼びかけがそれです。共感がないのに未来だけ語られても人の心は動かないんですね。

 コピーの本質は「変化をともなう心の動きを生むこと」にあります。その言葉を言われて、「ああそうなんだ」「大変だね」だけで終わるものはコピーではなく、そこで人の心に気付きを起こして動きを生むのが、コピーです。

 この矢印メソッドは、広告コピーに限らず、企業の活動方針や営業目標を立てるときでも、お客さんにプレゼンテーションで何かを提案するときでも、ビジネスのいろいろな場面で活きる手法です。まず共感を呼ぶ「現状の共有」があってこそ、未来への提案は受け手の心に刺さり、行動へと繋がっていきます。

――なるほど! こうした「考え方」の核心は様々な人との仕事を通して体得したのでしょうか。

 

小西 まさにその通りで、僕は厄介で大変な人とばかり組まされてきました。中でも強烈だったのは小霜和也さんという僕の師匠で、すごく素敵なんだけど癖が強くて下につく人がみんな辞めていっていました。2年目に僕が、「あっ、ちょっとできるようになってきたかも」と少し仕事の手応えが出始めた頃に小霜さんの「PlayStation」のチームに配属され、徹底的に打ちのめされるんですね。

「どんなにきらびやかな広告でも、人の心が動かないもの、モノが売れないものでは意味がない」とずっと言い続けた人で、僕は格好いいなと思った。だから、F1カーが先行する車の後ろにピタっとつくスリップストリームの手法で、ある瞬間に抜き去るのがいいと思って、もう四六時中、小霜さんと行動をともにして徹底的に真似をしたんですね。それこそものの見方から字の癖まですべて。