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「今年の由規はもう大丈夫」という「兄」からの力強い言葉

 増渕との会話の中心はやはり由規だった。別の話をしていても、自然と由規についての言及が始まる。そして話題は、5年にわたる由規のリハビリ生活に及んだ。

「リハビリ中の由規にはメンタル的な浮き沈みは確かにありました。だけど本人はずっと、“治ったら絶対に一軍で活躍できる”と信じていました。だから、沈んでいたときこそ、一緒にカラオケに行ったりしましたね。僕自身もなかなか思うような成績が残せずにピッチングフォームを変えたりしてもがいている状態でした。でも、由規のようにケガをしていたわけではないし、彼の頑張る姿が自分の励みになっていました。あの頃はお互いにお互いを励まし合っていましたね」

 増渕の語る言葉には熱がこもっていた。同時に「弟」に対する愛情がいっぱいだった。登板後の右肩の状態を見ながら、慎重な起用が続いている由規に対して、僕はつい「早く回復して、本当の復活を期待したい」と口にすると、増渕の語調が強くなった。

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「いえ、もう回復しているんです」

 あまりにも強い口調に自分でも驚いたのだろう。一転して、増渕は穏やかな表情を浮かべて続けた。

「彼の右肩はもう治っています。僕が見てもそう思うし、何よりも本人が言っているんだから間違いないです。肩の不安はもうないんです。いつも、“もっと投げたい、もっと投げられる”って言っていますから」

由規について「彼の右肩はもう治っています」と語る増渕竜義氏 ©長谷川晶一

 昨年まで投手コーチを務めていた伊藤智仁は言っていた。「一度、故障を経験すると、再発を恐れて思い切り腕が振れなくなるんです。頭では“思い切り腕を振ろう”と覚悟しているのに、無意識のうちに身体をかばった投げ方をしてしまうんです」と。増渕は言う。

「その通りだと思います。今の由規の課題は心の不安だけです。その殻はまだ破ることはできていないと思います。でも、もうすぐその殻は破れるはず。だって、殻を破らないと昔のようなグイグイ行くピッチングはできないですから……」

 僕は、「殻を破った結果、故障が再発するリスクもあるのでは?」と、意地悪な質問をあえて投げかける。すると、増渕は即座に断言する。

「思い切り腕を振って、殻を破っても由規は故障しません」

 増渕の口調は静かだが、確実に熱を帯びていた。

「……今の彼は個人的にトレーナーと契約して、万全の状態でケアをしています。そして、5年間の苦しいリハビリ生活の結果、自分の身体に対して細心の注意を払っています。きちんと自分の身体と向き合って、準備をしているから大丈夫なんです」

 それはまるで、「そうあってほしい」という増渕の願望、そして希望が込められているような口ぶりだった。そして彼は、由規が登板した4月22日の横浜DeNAベイスターズ戦を振り返った。

「この日の由規は表情がとてもよかったですね。自信があるときには表情がいいし、ピッチングフォームにも躍動感があるんです。逆に、躍動感がなく、探り探り投げているときには自信のなさが表情から伝わってきます。でも、あの日の試合はすごくいい表情でした。ああいう表情が見られるようになったということは、もう大丈夫です」

 この日の由規は最速151キロのストレートとスライダーを駆使して6回ツーアウトまでDeNA打線を1安打無失点に抑える好投を見せた。試合後、由規は言った。

「もうスピードは追っていません。球威やキレを大切に打者の反応を見ています」

 それは、故障を克服した上での「ニュー由規」の誕生を予感させる言葉だった。今季の由規は、ここまで5試合に登板して、1勝2敗。ここ数試合は好投するものの、突然乱れて勝ち星を逃している。それでも、増渕は繰り返す。

「今年の由規は大丈夫です。話をしていても生き生きしているし、何よりも表情がいいし、ピッチングフォームに躍動感がありますから……」

 それは「弟」に対する「兄」からの精一杯の愛情表現だった。由規の入団以来、ずっと彼の奮闘を見続けてきた「兄」の言葉。一ヤクルトファンとしては信じるしかないではないか。これからも由規の奮闘は続くだろう。その姿を見つめながら、「由規はもう大丈夫」、改めて増渕の言葉を、僕は何度もかみしめることだろう。

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