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男性が寂しそうに言った一言

 ご主人が運転席の窓を開けて「大丈夫ですか」と声を掛けられました。女性はまだ不思議そうにされていたので、奥様が車から降りられました。

 奥様が女性の後ろに回って男性を引き剝がそうとしたその時、男性は女性に抱きついたまま奥様の方を振り返って、寂しそうにこう仰ったそうです。

「帰る場所がないんですよね」

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 そう言うと男性は、白い霧が風で飛ばされるようにふっと消えたそうなのです。

暗闇の中の男

 吉田さんご夫婦は驚かれている女性に「ごめんなさい。人違いでした」そう言うと、女性はやはり不思議そうにご夫婦を見た後、何事もなかったかのように走って行かれたそうです。

 このお話が、いつの出来事だったのか、日付をお聞きして納得がいきました。

 その出来事があったのは、八月十五日の夜、即ち送り火の前日、お盆の時期に当たります。

 お盆とは、餓鬼界に落ちた霊の供養をすることです。一般的には、八月十三日から十六日まで、亡くなられたご先祖様がこの世に帰って来られると言われております。

 ご先祖様の中にも餓鬼の世界に落ちている人がいるかも知れませんので、その供養をする訳です。

消えた街灯の傍らは空き地、そのさらに奥にあったのは…

 お経の中に、餓鬼は背が低いと書かれています。ですのでお仏壇のあるご家庭では、施餓鬼棚(せがきだな)といって、仏壇より低い位置に棚を作るのです。最近は仏壇のないご家庭も多くありますので、その場合はお寺で供養をします。

 しかし、家に仏壇がなく、お寺での供養をしておられない方も多いと思います。その場合、戻って来られた霊は、行き場を失ってしまいます。

 もしかすると今回の男性は、そんな行き場を失った霊なのかも知れないと思いました。

 そして場所を詳しくお聞きすると、消えた街灯の立っている傍らは空き地になっており、さらにその奥は墓地になっているといいます。さらにその墓地の直ぐ近くに、お寺がありました。

暗闇の中の墓地

 恐らく、そのお墓に埋葬されている方で、自宅にも迎えて貰えず、お寺に自分の塔婆もなかった男性が、あの場所に座っておられたのではないでしょうか。

 そのために、誰かに付いて行こうとされたのかもしれません。そして吉田さんに引き剝がされそうになった時に「帰る場所がないんですよね」とおっしゃったのではないでしょうか。

 人間は死後もその魂は生き続けます。ですので、せめてお盆の間だけでも亡き人を迎える準備をお願いしたく思います。