表情には「喜び」よりも「安堵」が浮かんでいた。ベンチ前で迎えるナインとのハイタッチに、背番号60は「やっと出たぁ……」と表情を緩めていた。鳴尾浜球場で行われた5月11日のウエスタン・リーグの中日戦。中谷将大は、5回に迎えた第2打席、大野雄大の投じた138キロの直球を豪快に振り抜いた。左翼フェンス上部に設置された防球ネットを大きく揺らす同点ソロ。三塁側の阪神ベンチ横にあるカメラマン席でスコアブックを付けていた僕は、耳に入ってきた「やっと出た」の言葉に驚いた。

 これが今年初めてのダイヤモンド1周だった。公式戦134打席目で飛び出した“今季1号”に25歳の苦悩が色濃くにじんだ。

昨シーズン、チーム最多の20本塁打を放った中谷将大 ©文藝春秋

「シーズンが始まるのが怖い」

 昨年、チーム内で誰よりも多くスタンドへ白球を叩き込んだのが、中谷だった。球団の生え抜き右打者では06年の浜中治(現2軍打撃コーチ)以来となる20本塁打は、堂々のチームトップ。ファンにとっても、待ち望んだ和製大砲の誕生だった。来季は打線の中核を担う存在へ――。その背中にかかる期待は大きかった。だが、飛躍のシーズンを終えた本人が口にしたのは「恐怖」だった。

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 昨年のシーズン終了直後、「来年、またシーズンが始まるのが怖い。20本は打てましたけど、自分の中では怖さしかない」と口にしていたことが、強く印象に残っていた。2年続けて結果を求められる重圧と不安が、春を待たずして若きスラッガーを覆っていた。その壁を乗り越えてこそ、主力への道は開ける。不安を打ち消すべくシーズンオフは、年末年始も関係なく厳しいトレーニングを自らに課し、甲子園球場に中谷の愛車が駐まっていない日は、ほとんど無かった。

 それでも、1軍キャンプ中の実戦から思うような結果が出ず、打撃フォームに迷いも出た。3月中旬に2軍降格してからは、1日だけの限定的なオープン戦出場を除けば、開幕からずっと2軍暮らしが続き“2年目の壁”にぶつかった。そんな苦境を強いられる中、ようやく描いた「アーチ」が、もがき続けてきた男に大きな「きっかけ」を与えた気がした。