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ミステリーというより落語

 店子の老爺が突然死したのは「馬癇(うまかん)」のせい。真面目な左官が急に妻に近づかなくなったのは「気積(きしゃく)」のせい。料亭で宴会をした4人が次々に死んでしまったのは「脾臓虫(ひぞうのむし)」のせい……棠庵は変梃な虫がたくさん載った本(『針聞書』)を開きつつ、次々と診断を下していく。話の内容はどこか胡乱で、「虫」を使って人を誑かし、言いくるめているようにも見える。しかし、その診断をもとに事件は展開し、収まるべきところへ収まっていく。

『病葉草紙』(京極夏彦)文藝春秋

「謎解き的な要素は多少あるんですけど、ミステリーとして設計したわけではなくて。どちらかというと、落語ですね。謎解きではなくオチがつくだけ。この作品はどんなオチがつくのかな、って引っ張っているだけで、謎と解明よりも途中のごちゃごちゃが本体ですね」

 そう話す通り、棠庵と藤介をはじめとする長屋の仲間たちの掛け合いは軽妙で、まるで落語を読んでいるかのようにコミカルでもある。しかし、棠庵に縁談が舞い込み、事件が棠庵にとって「自分事」になるところから話はぐっと盛り上がる。そして最終話で棠庵が藤介に打ち明けた胸の裡によって、タイトルの『病葉』の意味が明らかになる。

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時代が変わっても、人は進歩しない

「棠庵は『人の心なんて解らない』と困っているわけですが、でも『解らないでは済まされないのが世の中だ』ということも知っている。棠庵は口癖のように『人の心は解らない』というんだけれど、他人だけじゃなく自分の気持ちも解らないから困っているんですね。人間って、ある程度『自分はこうなんだ』という思い込みができないと生きづらいところがあるんだけど、棠庵にはそれができないんです。そもそも気持ちって何なんだという。この人の生きづらさっていうのは、現代に生きていても大して変わらないと思いますよ。結局、時代は変わっても人は進歩しないということですね」

 はじめは諦観のように見えた「人の心は解らない」という言葉。しかし実は棠庵は、解らないからこそ考え続けているのだ。白黒つかないことでも、それに向き合って判断しなければならない時がある。奇妙で愉快な「腹の虫」を入り口に、時代が変わっても変わらない人々の気持ちに深く共感できる一冊だ。

京極夏彦(きょうごく・なつひこ)/1963年生まれ。北海道小樽市出身。日本推理作家協会監事。世界妖怪協会・お化け友の会代表代行。94年、『姑獲鳥の夏』でデビュー。96年、『魍魎の匣』で日本推理作家協会賞長編部門、97年、『嗤う伊右衛門』で泉鏡花文学賞、2000年、桑沢賞受賞。03年『覘き小平次』で山本周五郎賞、04年、『後巷説百物語』で直木賞、11年、『西巷説百物語』で柴田錬三郎賞、16年、遠野文化賞、19年、埼玉文化賞受賞。22年、『遠巷説百物語』で吉川英治文学賞を受賞。他の著書に「百鬼夜行シリーズ」「ルー=ガルーシリーズ」など多数。