この夏、著作の刊行が続いている京極夏彦さん。「巷説百物語」シリーズの完結篇となる『了巷説百物語(おわりのこうせつひゃくものがたり)』、歌舞伎座の舞台のために書き下ろした『狐花 葉不見冥府路行(きつねばな はもみずにあのよのみちゆき)』に続き、8月には最新作『病葉草紙(わくらばそうし)』が発売された。

 本作のモチーフは、人の体内にひそんで病気を引き起こす「虫」。着想のきっかけになったのは、63種もの「腹の虫」が紹介されている戦国時代の医学書『針聞書(はりききがき)』だという。

「僕はお化けが専門だと思われているんですね。そもそもお化け関係の書籍や資料は手元にたくさんあるわけですけど、お化けの資料って、お化けと関係ないものの方が多いんです。それに30年もやっていると、『これはお前の領分だろう』みたいな感じで、教えてくれたり、送られてきたりするようになるんです。これ、お化けじゃないんですけど。お化けみたいなものではある。いわばお化けに“なれなかった”ものです。興味深いし、僕も、たまにはお化けじゃなくてもいいかなと思いましてね」

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「信じる」と「信じない」の狭間で

 時は江戸の中頃。貧乏長屋を差配する大家の藤介(とうすけ)と、店子の本草学者、久瀬棠庵(くぜとうあん)の二人を中心に話が進んでいく。藤介が長屋の近辺で起こった不審事について棠庵に意見を聞きにいくと、棠庵は常に「虫のせい」と診断。この診断をもとに、事件は意外な方向に収束していく。この久瀬棠庵、『前巷説百物語(さきのこうせつひゃくものがたり)』にも登場した人物だ。

「『前巷説』では老人だった棠庵が二十歳そこそこの若者として出てきます。『病葉草紙』は僕の作品のなかでは一番時代が古いことになります。江戸の中期だと、まだ『化けもの』、今でいう『妖怪』というものの概念も確立していない時代です。この時代に、この『虫』がどういう受け取り方をされていたかを考えると、ちょっと面白い気がしました。『体のなかにこういう虫がいるんだ、怖いな』とリアリティをもって捉えていた人もいたかもしれないし、『こんな虫がいるわけないだろ』という人もいたかもしれない。『信じる』と『信じない』がちょうど移り変わっていく最中で、半端な存在だったのがこの虫たちだったんじゃないかと」