大勢の国民を魅了する役作り

 テレビ番組で某大臣と一緒になったことがある。

 人だかりに居てその人は遠目からも目立っていた。わたしに気づくと、さっと名刺を差し出し、満面の笑みで迎えた。

「いつも、見ていますよ」

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 よく通る声、強い目力、スマートな立ち振る舞い、常に多くの視線にさらされる職業という意味で、政治家は俳優と似ている。大臣はこちらの目を見ながら手を伸べて自然に握手すると、案外あっさりと去っていった。

 体温の残る手がジンジンと痛かった。すごい握力。一から十まで過剰だけど、その佇まいは見事に政治家風だった。

 本書を読みながら、あの日の記憶がよみがえる。

 俳優は台本に沿って演技をする。ただし台本を丸覚えしても演技はできない。綿密に役作りをして初めて、与えられたセリフ、表情に実感がこもる。

 一方、政治家に台本はない。肝要なのは役作り。

 大勢の国民を魅了する役作りだ。

小説のなかで、代議士・清家一郎と秘書・鈴木俊哉は総理の座を目指している。 ©AFLO