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あふれ出した「どす黒い感情」

著者自身が「一言ではいえない面白いものが書けた」と語る『笑うマトリョーシカ』(早見和真)

 物語は、二人の青年の出会いから始まる。

 一人は清家一郎(せいけいちろう)。元ホステスの母と暮らしている。父は政治家の和田島芳孝(わだじまよしたか)。

 もう一人は鈴木俊哉(すずきとしや)。家の事情で東京を離れ、愛媛の私立高校に進学し、そこで清家とクラスメイトになった。

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 清家と鈴木が政治家と秘書として運命をともにする未来は、冒頭に記されている。

 ではどうやって愛媛の高校生が政治の世界へのし上がっていったのか? 本書の語り手は主に鈴木だが、のちの清家の著書『悲願』も度々引用しながら進んでいく。

 まだ何者でもない二人が、若い野心と人に言えない出自を明かしていく過程は青春小説らしい。松山に来たばかりの鈴木が読んでいる司馬遼太郎(しばりようたろう)『坂の上の雲』が象徴的だ。この本の登場人物である秋山好古(あきやまよしふる)、真之(さねゆき)兄弟、俳人正岡子規(まさおかしき)たちは生まれ育った松山からやがて明治日本の近代化に関わっていく。さりげなく清家と鈴木の行く先を暗示させる。

 ところで政治家を目指す清家をサポートするのは鈴木だけじゃない。清家の母・浩子(ひろこ)、そして彼の恋人・美和子(みわこ)だ。

「もう彼には鈴木さんもお母さんも必要ないんですよ」

 清家を自分がコントロールして政治家へと仕向ける、と堂々宣言する美和子の勝ち誇った姿を想像し、ふと自分の中のどす黒い感情があふれ出した。

 この感じには覚えがある。

 誰かと関係する時、人はある感情に飲まれてしまうことがある。