「昭和の妖怪」の両面 安保改正と最低賃金法
『美しい国へ』の目次には「自立する国家」「ナショナリズムとはなにか」「日米同盟の構図」「日本とアジアそして中国」という具合に国家や安全保障にまつわる章がならび、社会保障、それから教育についての章が続く。安倍政権に対する印象からすると、教育よりも前に社会保障があるのが奇異におもえる。
しかし、ふり返れば安倍はもともと厚労族でもあった。新人時代、党の外交部会と社会部会に所属していたのだ。前者は父・安倍晋太郎が外務大臣だったからだろう。では後者は? となると岸の影響をここに見る。岸といえば安保改正だが、『美しい国へ』でも述べられるように、国民年金法、最低賃金法を成立させたのも岸内閣であった。これもまた「両岸」の証しである。
とはいえ『美しい国へ』で主に書かれる岸は、安倍自身の安保にまつわる思い出としてである。幼年時代にデモ隊に囲まれた祖父の家で「アンポ、ハンタイ!」と声をあげると「アンポ、サンセイ、といいなさい」と父母にたしなめられたり、高校で安保条約を破棄すべきという教師を詰問したりするエピソードだ。
ナショナリスト・安倍晋三としての「岸の鎧」
そしていつしか、強烈にナショナリズムを打ち出す政治家として名を馳せるようになる。政治ジャーナリスト・野上忠興は著書『安倍晋三 沈黙の仮面』のなかで、安倍が中心となって推し進めた介護保険制度が党内で「子が親の面倒を見る美風を損なう」などと批判を浴びて骨抜きにされるなどの挫折の結果、岸を継ぐ「『超タカ派政治家』という鎧」を身に着けるようになったのではなかったかと述べている。もっといえば、安倍は「岸の鎧」を着けたのだろう。
安保改正を果たした祖父・岸信介を借景にして、安倍は強い政治家としての自分を見せる。安倍政治を批判する者もまた、岸を重ね合わせて安倍を批判する。なんと偉大なる岸であろうか。