「私と1万円追加でどう?」
「えっ、いいのかい?」
「お店には内緒にしてよ。あなただからOKするのよ」
こう言われると、たいていの常連客は1万円札を差し出してきた。
「旦那さんは店でこうやってしてることを知ってるの?」
「知るわけないじゃん。知ったら泣くよ」
「最近はいつしたの?」
「今日の昼間にしたよ。キャハハ…」
遠藤を夫に見立てて、あれこれ私情を話すと、客は喜んでリピートしてきた。悦子の客は常連ばかりとなり、本番の臨時収入があるので、以前のように半日出勤でラクに過ごせるようになった。
事実、遠藤は悦子が客と本番までしていることまでは知らなかった。妻との離婚は条件面で折り合わず、すぐに悦子と再婚することもできなかった。その点だけは慎重で、遠藤は常にコンドームを着けるようにしていた。
妊娠した子供をトイレで…
ところが1年後、悦子は客の子供を妊娠してしまったのである。
「どうしよう…」
あの人かもしれない、この人かもしれない…。心当たりを考えても、該当する客は十数人にのぼっていた。
遠藤が相手である可能性はゼロに近かった。何とか既成事実を作ろうとしたが、遠藤は頑なだった。
「今日はナマでしてよ」
「ダメだよ。妊娠させたら困るから」
「私が嫌いなの?」
「そうじゃないけど、今はダメだ」
悦子はますます遠藤に切り出しにくくなった。毎日腹の周りばかり気になり、中絶するにしても、遠藤にどうやって「病院に行く理由」を話すか、そればかり気にしていた。
妊娠6カ月を過ぎると、法的に堕胎できない。「まだ時間はある」と思いつつも、妙案は浮かばず、客とはヤケクソで膣内射精するようになり、料金は1回2万円を取った。
そんなふうだから、悦子の人気はさらに沸騰し、予約なしでは入れないプレミアム嬢となった。
5カ月後のある日の未明、悦子は激しい陣痛に襲われ、自宅のトイレで男の子を出産した。身長約33センチ、体重約880グラムの未熟児だった。
「何これ……?」
産声も上げず、もぞもぞと手足を動かす様子を見て、我が子を慈しむ感情どころか、自分に巣食っていた寄生虫の正体を見たかのような気になり、悦子はとっさに便器に放り投げた。
「このまま流しちゃえば、誰にも気付かれないわ…」
浅はかな考えと身勝手な被害者意識の末、悦子はタンクのレバーを回した。
ジャーッという音と共に、我が子は配水管の奥へと消えていった。
「これで安心だ」
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