プラトンは紀元前四〇〇年前後を生きた。彼の著書『ティマイオス』は、遠い昔にギリシアが大西洋の向こうのアトランティス大陸に侵略されたと伝える。ギリシアは反撃し、敵を西へ追い払った。その後、地震と洪水によってギリシアも壊滅的打撃を受け、アトランティスは沈んだ。
これは作り話。そう思われてきた。沈んだ大陸が見つからない。またプラトンはギリシア世界の創建を紀元前九六〇〇年と記すが、四大文明中最古のメソポタミア文明の本格的始まりが紀元前七五〇〇年くらい。それまでは農耕定住の時代でないとされる。年代的にも合わない。
ところが著者は、最新の考古学的知見を参照するとプラトンに真実があると考える。ヨーロッパの考古学はマドレーヌ文化の時代を設定している。縄文のイメージに近い。洞窟などに住み、狩猟採集生活を送る。ラスコーの牛の絵が有名だ。だが、彼らは本当に洞窟でこぢんまりと暮らすだけだったのか。フランスのマドレーヌ文化の遺跡からは、紀元前八五〇〇年あたりより武器が大量に出てくる。ギリシアのエリアを含むナトゥーフ文化と呼ばれる別系統の遺跡群からも、同年代の武器が出てくる。近年の考古学の成果だ。もしかしてナトゥーフ文化が原ギリシア世界で、マドレーヌ文化がアトランティスではないのか。彼らがプラトンの記す通り戦ったのではないか。
すると大陸の沈没話は? 陸地が沈む理由は地殻変動に限らない。水位が上がれば沈む。日本の考古学でも、紀元前六〇〇〇年代の縄文海進で水位は現在の海面よりも最大五メートル高くなったとされ、縄文人の生存エリアも大きく動いたと考えられている。地球規模の温暖化ゆえだ。ヨーロッパでも紀元前八〇〇〇年頃に、地中海の水位の大幅上昇や大洪水の頻発によって、低地に住む人々にカタストロフが生じたと推測できる考古学的資料が増えているという。
著者は断定はせぬけれど、このときギリシアと敵対した文明のエリアが大幅に沈み、その話に尾ひれがついて、大西洋のアトランティス大陸に化けたのではないのか。ギリシア文明も同様に水没し、いったん失われる。既に農耕定住生活を知っていたアトランティスやギリシアの人々は高地を求めて東へ移り、アジア中央の遊牧民を従え、新たな文明を築く。メソポタミア文明だ。そこから文明が水位の下がったヨーロッパに還流し、ギリシア文明が再興される。そんな筋書きが読めてくるだろう。
三内丸山遺跡で縄文時代の常識が変わった話を思い出す。まだ狩猟採集非定住と思われていた時代にヨーロッパに程度の高い文明が実はもうあり、それが大洪水で崩壊した! 本書を読む限り、この仮説にはなかなか説得力がある。世界史は根底から描き直されてゆくのかもしれない。