伝説のノーベル物理学賞受賞者ワインバーグによる衝撃的な「科学史」の本である。発刊直後から、歴史学者や哲学者から痛烈に批判され、大論争へと発展した。いったい、この本のどこが歴史学者や哲学者を激怒させたのか。

 歴史学や哲学では、たとえばデカルトの著作を読む場合、当時の常識や文化の枠組みの中で、デカルトに寄り添って彼の思索を解釈しようとする。ところが、物理学では、現代を基準にして、デカルトの著作から、今でも通用している部分だけを抽出しようとする。あまりにも学問のスタイルが違うため、物理学者が「科学史」の本を出版したら、大騒ぎになってあたりまえなのだ。

 だが、読み始めてみると、本書は掛け値なしに面白い。天才物理学者が過去の「科学者」たちをバッサバッサと斬ってゆく。ワインバーグの手にかかれば、古代ギリシャのプラトンは「ポエム」を書いていただけで「馬鹿らしい」し、デカルトは間違いだらけということになる。

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 歴史学や哲学のセオリーに則った、小利口でつまらない歴史よりも、天才科学者が過去の天才たちを一刀両断にする「科学史」のほうが、よほど小気味よくてためになる。

 著者のワインバーグは、現代物理学の基礎である、素粒子の標準理論を完成させた人物であり、われわれが棲む世界を数式を駆使して説明するために生まれてきたような人物だ。

 この本を読み終えて強く感じたのは、世界の仕組みを説明しようと挑戦し続ける天才たちの仕事の本質は、結局のところ、同じ天才仲間でなければ理解できないのではないか、ということだ。そう、この本は、ある意味、天才科学者だけに書くことが許された、禁断の歴史なのである。

 本書は、文系の学生を対象とした講義が元になっており、誰でも楽しく読み進めることができる。科学好きはもちろん、科学が苦手な人にもオススメしたい。

Steven Weinberg/1933年アメリカ生まれ。理論物理学者。67年「ワインバーグ=サラム理論」を発表、79年にノーベル物理学賞を受賞。MIT、ハーバード大教授などを経て現在テキサス大学物理学・天文学教授。

たけうちかおる/1960年生まれ。サイエンス作家として活躍。近著に『量子コンピューターが本当にすごい』など。

科学の発見

スティーヴン ワインバーグ(著),赤根 洋子(翻訳)

文藝春秋
2016年5月14日 発売

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