スカウトにとってつらいことは?
――椎本さんは入団させたら終わりじゃない。1年目のルーキーに厳しいことを言っているとも聞きます。
「1年目って試合に出ていなくてもお金も入るし、チヤホヤもされる。だからトップチームの練習を見ていて気持ちが入っていなかったら、『そんなんじゃ試合に出られないぞ』って怒ることもある。サッカーのことは監督、コーチが言うから、基本的に俺はサッカー以外のこと。サッカー以外のこともしっかりしないと一流にはなれないって見てきているから」
――スカウトをやってきて、つらいことって何ですか?
「プロの世界ではみんながみんな成功するというのは難しい。アントラーズは基本的に、3年間は芽が出なくても在籍させる。でも獲得して3年経っても試合に出られずに移籍するとなると、俺は学校と親に連絡を入れる。そのときはやっぱり一番つらいな」
――逆に、スカウトの醍醐味を教えてください。
「何だろうな、自分が声を掛けた選手がアントラーズのユニフォームを着て試合に出て、活躍してくれたら何よりうれしいよ。俺もアントラーズの一員。勝ちたいし、優勝したい。その気持ちはみんなと一緒だから」
――スカウトは試合に合わせて全国を飛び回るし、忙しいこと極まりないイメージがあります。やめたいと思ったことはないんですか?
「思ったことはあるよ。でも、好きというより嫌いじゃないってことかな。だってクラブからやってくれよって任されているんだから。やり甲斐というと言いすぎかもしれないけど」
目尻と口元に深い皺をつくり、スカウトはこちらに笑みを向けた。
誇りを持って、自分の目を信じて。誠実に、等身大に。
嘘のない仕事が、味わいのある皺をつくっているのだと感じた。
仕事とは何か。仕事に取り組むとは何か。
還暦を迎えた名スカウトの生きざまは、それを教えてくれている。
写真 三宅史郎/文藝春秋