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ほんとは「負けて元々」なんて思ってなかった

 2対2の同点。いよいよ試合はどちらに転ぶかわからなくなり、ますますイカゲームの様相を呈してきた。7回に伊勢が登板すると、伊勢ファンの友だちが「見れない!」とどこかに消え、伊勢がピンチを凌いでガッツポーズでベンチへ戻ると同時に席に帰ってきた。この数分で何があったというくらい明らかにげっそりとやつれていた。

 と思えば8回も伊勢は回跨ぎ。「ああああ!」と言いながら伊勢ファンはまたどこかに消えた。ストレスによる活性酸素の増加により、みんな確実に肌年齢5歳は老化しているはず。「推し活でいつまでも若々しく」なんていう惹句、ベイスターズには通用しないのだ。一夜にして白髪になったマリー・アントワネットはきっとこんな気持ちなんだろう。

  CSが始まる前は、「3位だもん、負けて元々の気持ちで、長く野球が見られることを喜ぼう」なんてぬるいこと言っていた。だって相手投手は強力、こっちは怪我人続出……前向きになれる要素を必死に探そうにも見つからない。桜木町でなんか探してた山崎まさよしはきっとこんな気持ちだったんだろう。なんでここで菅野が出てくるんだ。ベイスターズが何をしたというの。来季メジャー行きが噂される復活のエースの登場に、東京ドームのボルテージがグンと上がったのがハマスタまで伝わってきた。引き分けでも、ベイスターズの日本シリーズへの道は絶たれる。ほんとは「負けて元々」なんて思ってなかった。微塵も思ってなかった。私は、勝ちたい。

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「よしっ!!」次男が飛び跳ねてハッとした。

 9回表。このCS中ずっと小さな望みをつないできた森が菅野からヒットを放つ。7年前を知る男、柴田が粛々とバントを決めた。1アウト2塁。「クワ、お願い!」

 しかし、桑原は平凡なサードゴロ。サード坂本が森を目で制しながら1塁に送球する。その時だった。

 カメラがボールを追って向きを変えると、スクリーンに青い線のようなものがスッと横切るのが見えた。「森だ」。

 森だった。青い線は森だった。走っていた。森は走っていた。慌てて帰塁したように見せかけて、走っていた。気づいた時にはしれっと3塁上で靴下を直していた。その顔は「何言ってんの、勝つんでしょ」と言ってるように見えた。続く牧の打球が三遊間を抜けた時、この日はじめて涙がこぼれた。

 そうでした。 7年前の今日この瞬間の私も、冷たい風が吹くハマスタのパブリックビューイングで、スクリーンを見つめたり、見つめなかったり、手に爪が食い込むほど祈ったり、変な願掛けを始めたり、長男にみかん氷をせがまれたりしていた。ヤスアキが最後のバッターを打ち取った時、膝から崩れ落ちてしばらく立ち上がれなかった。

「ママ! やった! 勝った!」「日本シリーズだ!!」

 次男の喜ぶ声が遠くに聞こえる。私は7年前と全く同じように、地べたに崩れ落ちていた。

日本シリーズ進出を決め、喜ぶベイスターズナイン ©時事通信社

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