デビューから40年、一貫して女性の恋愛や友情、生き方を描いてきた唯川さんの最新作は、金沢を舞台にした長篇連作です。
時は昭和初年。恋することすら許されぬ花街で、それでもしなやかに生き続ける女性たちを描いた本作への思いを語っていただきました。
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「女の世界は、いがみ合うこともある競争社会です。でも、私はやっぱり女同士の関係が好き(笑)。花街は簡単じゃない世界だからこそ、一番信頼できる女との絆は、特別な深さを持ちます。いい男を掴まえるのと同じように、いい女友達を持つのは、人生の中ですごく大事なことです」
唯川恵さんの最新刊の舞台は故郷・金沢。昭和元年、ひがし茶屋街の置屋『梅ふく』で働く若い芸妓たちは、胸の痛む事件に遭遇しながらも、仲間と手を取り合って生きていく。
「芸妓が相手にするのはもちろん男ですが、茶屋街に広がる女の世界に惹かれました。自ら選んだのではない場所で、生き抜かなければいけない彼女たちに、自我が芽生え、進むべき道を見つけていく――戦争の狭間にある束の間の平和な時に、主人公である芸妓の朱鷺とトンボに、二十歳の時を溌剌と生きてほしい、と願って書きました」
物語冒頭、朱鷺が抱く建具職人の浩介への恋心が明かされる。相思相愛の二人だったが、彼女が手に入れかけた幸せな未来は、結局、彼女の手からこぼれ落ち、実らぬものに――。
「能登に生まれた朱鷺は借金を抱えながら、実家への仕送りをしています。優しくたおやかにも見えますが、実は芯のある強い女です。一方、男仕立ての着物を着たトンボは『梅ふく』の女将に拾われ、他の芸妓のような借金のしがらみがない故に、自らの人生に深く迷っている。クライマックスで、若い二人にあまりに辛い決断をさせてしまいましたが、正反対の二人が一緒なら、一人だと難しい道も歩いて行けるだろうと、物語を通して成長した彼女たちの絆を信じられたんです。
女性が初めて得た仕事は売春である、と聞いたことがあります。しかし、当時の女性にも当然意志があった。茶屋街で働いた芸妓たちも、仕事として男に売り渡す部分と、絶対に誰にも渡さない部分を持っていたと思います。自分の人生に対する確固たる意志は、ひときわ強いものだったはずです」
市内を流れる犀川を「男川」、浅野川を「女川」と呼ぶのは、地元住民にとっては一般的なことだという。あえてタイトルを『おとこ川をんな川』としたのには、理由があった。
「『お』と『を』は、五十音の中で同じ音を表現する唯一のかなでありながら、もっとも離れた位置にある。『女川』に『を』を用いたのは、当時の女性が劣位に置かれた状況を反映してもいますが、私としては『を』に力強さを感じています。『お』とは違うのだ、と胸を張って主張してくれているような気がして、『をんな川』と決めました」
ゆいかわけい 一九五五年金沢市生まれ。八四年「海色の午後」でコバルト・ノベル大賞、二〇〇二年『肩ごしの恋人』で直木賞、〇八年『愛に似たもの』で柴田錬三郎賞を受賞。
(「オール讀物」11・12月号より)